［無料朗読台本］お運び屋

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あら、お気づきになりましたか。
わたくし、この船の船頭でございます。本日はご乗船いただきありがとうございます。
まぁ、船頭といっても流れに任せて進む、このちっぽけな船の行く末を見守るだけでございますが。

（おれは……）
まだ意識がはっきりとされていないようですね。
時間は十分にあります。是非ゆっくりとなさってくださいませ。

しかし、今日はずいぶんと明るい。
この真っ暗闇の海を進むのに、灯りは後ろから差す月の光と、船の回りを飛ぶ蛍の光。これだけなのです。
でも今日は明るい。蛍がいつもより多く現れている。貴方は……。

（そうだ、俺は、あの時横断歩道で、トラックが来て。……強く頭を打った、とても痛くて、でもなんで？道路で倒れてしまったはず…）
ん？どうされました？
ここに来る前のことを思い出されたのでしょうか。
何故こんな場所に、というお顔をされている。
わたくしも貴方がどうやってここに来たのかは知らないのです。わたくしはこちらにいらっしゃった方々をご案内するだけですので。

（ここは……。どこに、向かうんだ）
どこに行くのか、それは輪廻の輪に向かうのです。
人は生まれ、そして死んでいく。死した魂は次の命に引き継がれるのです。それが輪廻。

（俺は、死んだのか……）
貴方は死んだ。そうなのでしょう。わたくしには詳しくはわからない。でも輪廻の輪に向かうということは死んだということなのでしょう。

（そうか……。俺が助けた子供はどうなったんだろう…）
貴方は死ぬ直前、子供を助けたのですか？　横断歩道で、トラックが信号無視……
なるほど。ご安心ください。その子供はまだ生きています。先ほどこちらにいらっしゃったのは貴方だけですから。
貴方は、後悔されてはいないのですか。
子供を助けなければ、死ぬことはなかったでしょう。

（後悔？後悔は、していないよ。ずっと誰かの役に立ちたいと思っていた。やっとそれがかなった）
後悔されてはいないのですね。
貴方は清々しい顔をされている。

今日なぜこんなにも蛍たちが現れるのか、わかったような気が致します。
この蛍たちは、あなたの周りの方々の祈りなのです。
きっと、助けたお子さんのご両親は、貴方に感謝をしているでしょう。
貴方のご両親も、貴方を誇りに思うでしょう。
ご友人も、貴方を偲ぶでしょう。
ここまで蛍が集まるのは、貴方の生前の行いによるもの。
貴方は沢山の人に感謝され、沢山の人が貴方を思って泣いている。
わたくしも、久しぶりにこんな気持ちになりました。
この蛍たちと同じように、わたくしも貴方の来世が幸せになることを祈ります。

さて、長話をしてしまいました。目的地に到着です。
あとは貴方の足で進むのです。この真っ暗な闇の中を一人だけで。
でも貴方なら大丈夫。蛍たちが着いています。

では、さようなら。
貴方の来世が幸せであらんことを。

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