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[無料朗読台本]六月の雨

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水曜日の三限前、いつも彼はこの時間にここに来る。
授業が始まる前なので、この食堂に生徒はまばらにしかいない。
サークルの会議だろうか、食堂内の角で女子学生が真剣に話し合いをしている声が、かすかに聞こえてくる。
いつからか、彼を待つようになった。
はじめは何げない挨拶からだった。
学部が同じで顔は知ってはいたが、話したことはなかった。
水曜日の私の授業は2限までなのだが、その日は次の日の課題を終わらせるために、空いている食堂で作業をしていた。
そこに、彼が通りかかり、挨拶をした。
そこから、私と彼の、水曜日の三限が始まった。

実は次の日の授業、同じ授業を彼も取っていたのだ。
課題の話になり、趣味の小説の話になった。
とても楽しい時間だった。
その日は結局、4限が始まるまでそうして喋っていた。
彼が次の授業があるということでお開きになったが、その次の週も、その次も、私は同じ時間、同じ場所に行くようになった。
私が受けるべき授業はもう、終わっているのに。

そうしてもう3か月。
今日も私はここに来ている。
……はあ。ばかなことしてる。
私は彼のことを好きになっていた。
でも、彼のことは、ここで話す以外のことは知らない。
彼の方はきっと、なんとも思っていないに違いない。

ふと気づく、授業開始のチャイムが鳴った。
…。あれ?
いつもこの時間にはいるはずの彼が、来ていない…
そう、だよね。
彼にとって私は、空き時間の暇つぶしにしか過ぎない…。

彼が来ないなら、今日はもう家に帰ろう…
荷物を持って食堂をでようとした。
すると、サーという雨の音。

うそでしょ…

空を見上げると、真っ黒な雲。
大粒の雨が降っていた。

今日の天気予報で、雨なんて言ってたっけ?
屋根のある場所に戻り、スマホを見る。
やっぱり、雨の予報はない。
一時的なものかもしれない。

私は食堂に戻った。
いつもの席。
しょうがない、きっとすぐに止むから暫くここにいよう。
遣らずの雨、かぁ

しばらく待っていると、雨音が止まった。
窓から外を見ると、すっかり光が差し込んでいる。
やはり、一時的な雨だったみたいだ。

今度こそ、食堂を出ようと扉を開ける。
すると、彼がそこに立っていた。

話を聞けば、2限が伸びた間に雨が降り出してきて、離れにある食堂に来ることができなかったとか。
止んですぐにこちらに向かってきてくれたそうだ。
全然気にしてないよ、と言いながら、心の中ですっとモヤが晴れて言った。

空を見上げると、雲は跡形もなく、なくなっていた。
太陽の光が雨に濡れたコンクリートを照らしていた。


◇この台本の朗読動画
https://youtu.be/IRSfCu58RJA
◇上野桃香Twitter
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◇上野桃香YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCeh7Vc2NGGdKo7MsHAmp1IA

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