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消えてしまいそうな週末とハッチポッチステーション

今週に入ってから、時差出勤もやめて終日在宅ワークに変えた。意外と心地良いなと思いつつ、家にずっといるのに家事を溜めることには妙な罪悪感があることもわかった。でも総じて言えば、私はこのスタイルが合っているような気がしている。

ただ、今朝、気づいた違和感。いつもあんなに待ち遠しかった週末が来たのに、どうも気持ちが晴れない。気軽に出かけられない憂鬱さはいったん置いておいて、オンとオフの境目が曖昧になったことで休日の喜びまで消えてしまったんじゃないかと少し焦っている。週末が消えてしまったら私はどうしよう。

リズムが乱れるだけで、不安感が増すことを実感した。習慣で保たれている安定感の存在を初めて知る。自分で建て直せればいいんだけど、そんなに器用じゃない自分が怨めしくてまた参る。

不安なのは私だけじゃない。

そう思っても、そわそわそわそわ、心が落ち着かない。いったん洗濯をして平常心を取り戻しながら、テレビを点ける。疫病以外の情報が流れているものがいいなと思っていたら、歌番組に辿りついた。

突然だけど、私はハッチポッチステーションが大好きだった。

幼い頃に見ていたけど、その面白さは大きくなるほど理解できて数年おきにマイブームが来る。時を経るごとに、エンターテイナーとしてのグッチ裕三の凄さを思い知る。

大学生以降、私はすっかりブラックミュージック、(ブルース、ソウル、ファンク、ディスコ)大好きで、日本のディスコ史にグッチ裕三が出てきたときは驚いた。ソウルファンの父に聞いたら常識だと言われたけど。

そんなグッチ裕三がパプリカを歌っていた。米津玄師バージョン。別にその選曲や格好良さを語りたいわけではなくて、何十年経っても変わらずにステージに立つ姿と、現代のヒット曲を歌う姿に感じるものがあった。

変わらないでいてくれるだけで、こんなに嬉しいというか、元気をもらえるものなのか。年とったなあ自分、と思いながら、洗濯機に呼ばれて我に返った。

幼い頃に見たものは三十路になってもしっかりと自分の一部として刻まれているものなんだな。会ったことも生のステージを拝見したこともないのに、テレビの果たす役割の大きさにも改めて敬服する。

大きな変化の中にいても、魂まで変えられてしまうわけにはいかない。私は私として、週末だから今日もカレーを作ろう。

ただの一般人で特に求心力のある人間ではないけれど、それでも自分のもつ影響力はどんなに小さくても自覚しようと思う。身近な世界を、自分の生活圏を守るために。





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