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人目を気にするという無駄

人が自分をどう思っているかを考えるのは
基本的に無意味だと思っている

もちろん一切考えないことはできないだろうし
それはそれで社会生活に支障が出るだろう

風呂には入るべきだし
歯は磨くべきだ
洗濯もした方がいいし
服もたまには新しいのを買おう

だがあくまで自分の主観で全ての決定をするというのが大事
それが出来ていない人が多いと感じるのだ

そして現在の技術では絶対に理解できない相手のキモチ
なんてものを想像して答えが出ない沼にハマる

全ての人に好かれる事はできない
みんなが好きというとなんとなくそれが嫌いになる人がいるからである
好感度が一番高い人間がもしいたとしてもその人を嫌いな人は
必ず存在する

そして相手がいくらこちらに心を開いていても
それが100%の本音かどうか調べる術がない

ということは
考えるだけムダなのである

すべきことは自分なりに知識を増やして
そのなかで自分のその時の状況のベストを叩けばよいのである

その結果相手に嫌われたのであればそこまで
縁がなかっただけである

そしてその場合は自分なりに推論を立てて
その部分の修正をして終わり

よくあるパターンで
どんな服が好き?
という類の質問
直接聞くのは特に意味がないと感じる
仮に服装の好みを合わせられたとして本体が好きでなかったら
その人を好きになる事はないと思うし
そもそも服装に興味のない人間なら自分の好みを自覚していない人もいる
自分の好みがマニアックだと自覚している人は素直に教えないだろう

おそらく包装紙でプレゼントの価値を判断する人はいないだろう
この部分に共感する人が多数のはずだ
なのに自分自身のプレゼンに服装を気にするのはなぜなのだろう
パジャマで行っても気に入ってくれるヤツは気に入ってくれる
まあTPOという概念があるので普通以上である必要はあると思うが
包装紙にコストをかけるより中身を考えるべきなのだ

自分の好きな服で行けばいい
その方が自分のテンションが上がっていい結果につながるだろう


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