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【コラム】「自分のために生きる」を追求して、人のためにも生きている

突然ですが、質問です。

あなたは今、誰のために、何のために生きていますか?

家族のため、大切な人のため、自分のため、
そんなこと、考えたことないよって方も多いと思います。

私自身はというと、よく勘違いされるのですが、究極的に自分のために生きています。
究極の利己主義です。

でも、やっている事の大多数は、結果的に他者のためになること。

私と関わってくれた人が、ちょっとでも生きやすく、幸せになってくれたら、ほんとに、心の底から幸せだなぁと感じる。

だからきっとまわりからは、私が他者のために生きているように見えるのかもしれません。

私の生い立ちのブログを読んでくださった方はご存知の通り、私は高校卒業まで、生きることに絶望しきっていました。

今を生きることがどうしようもなく苦しい中で、それでも私が生き続けることができたのは、

「どうせ死ぬなら、この世に私が生きた爪痕を遺して死にたい」

という強いエネルギーがふつふつと私の奥底でうごめいていたからです。

私は、いない方がいい。
私なんか、生まれてこなければよかった。

そうとしか思えない日々の中で、
「今死んだら、死んだ後もただの、いない方が良かった人になってしまう。今まで苦しい思いをしながらも生き抜いてきた時間が、全部無駄になってしまう。そんなの嫌だ!」
私の命が、そう叫んでいたのです。

生きてる価値もない自分が、どうやってこの世に爪痕を残せばいいのか、当時の自分には分からなかった。

でも一つだけ分かっていたのは、
生きることに絶望する人が生まれるこの世界は、絶対に何かがおかしいということ。

私と同じように苦しんでいる人たちに寄り添い、こんな思いをしなくても生きられる世界を作りたい。

私は、私にしかできない形で、この世に爪痕を遺すんだ。

そんな煮えたぎるものが、心の奥底にあったから、
暗闇に覆い尽くされた真っ暗な日々を、なんとか生き延びることができたんだと思います。

とはいえ、当時は正直、そんなのどうでも良くなるくらい消えたい気持ちが大きく膨れ上がって、実際死んでいたかもしれないことも何度もあって、それでも奇跡的に今、生きている。

高校3年の終わりに、大学への進学と共に一人暮らしを始めることが決まった時、
もうこれ以上生きたくないという気持ちは、はち切れんばかりに膨れ上がり、とうとうはち切れたのです。

「もう、失うものは何もない。行き詰まったら死ねばいい。やりたいことだけやり切って、さっさと死んでやろうじゃないか!」

それまで私を覆い尽くしていた闇がスーッと消えていき、開き直った私の世界に光がさした。

何も考えなくていい。ただただ、心の赴くままに、自分のやりたいことだけをやり尽くせばいい。

それまで闇の中で押し込められていたエネルギーが爆発し、今では信じられない行動力で、日々いろんなことを経験し、多くの人と出会い、見える世界が一気に開けていった。

大学に入って1年あまりは、とにかくがむしゃらに、ちょっとでも気になることは全部やってやる勢いで、サークルには10個以上同時に入り、やりたいことが思い浮かんだらその日のうちに自分でサークルをつくり、サークル員の募集をしていなかったサークルには、直接連絡して思いを伝え、仲間に入れてもらった。

目にしたイベントには片っ端から顔をだし、名刺をばらまいた。

文章でこの世界が忘れている大切なことを伝えるライターになりたいという夢を持っていたので、入学直後から、サークルや自治体主催のプログラムに参加して、ライティング、情報発信のスキルを学び、ライター活動も力を入れていた。

とはいえ、ライティングに限らずやりたいことは全部やる精神で、本当にたくさんの経験をして、多くの素敵な人たちに出会った。

やりたいこと、思いで繋がれる仲間ができたこと、何もできない口先だけの私の話を、真剣に聞いて、本気で助言してくれる大人がいることを知った。その大人たちは、大企業で昇進するみたいな、いわゆる社会的成功者のレールからは外れていたが、自分の仕事に誇りを持ち、心の底から生きることを楽しんでいるように見えた。

「普通」という社会のレールから外れたって、生き方は、自分で好きに選べるんだって、その人たちが教えてくれた。

やりたいことをやって、生きれるとこまで生きてみよう。

じゃあ、私のやりたいことって?

深く考えずに入った10個以上入ったサークルも、思いつきでその日のうちに作ったサークルや団体、コミュニティも、3ヶ月も続かないものがほとんどだった。

ライター活動はずっと続けてはいたけれど、私のやりたい事の本質は、もっと違う形でも実現できるものかもしれないと思うようになった。

そして、2年生になってから、
人と人が、表面的ではなく、根底の価値観で繋がれた時、その人の生き方の選択肢が増えるんじゃないかと、私のこれまでの経験から仮説を立て、仲間を集めて、「学生団体ひとつなぎ」を設立した。

自分の見えている狭い世界の「普通」にとらわれて生きづらい思いをしている、過去の私のような人たちに、もっと自分の羽を広げられる世界があるよって、生き方の選択肢はもっともっと、無限にあるよって、伝えたかった。

人と人を繋ぐというのはひとつの手段にすぎないけれど、「生き方の選択肢を増やしたい」というのは、その後も自分の軸として、今も私の真ん中にある。

でも、この時の私の原動力は、今思えば自分の存在肯定だった。

ここにいていい、生きてていいって思うために、誰かにとって、社会にとって、価値あることをしないと、生きられなかった。

まわりから見たら大きなビジョンを持った大きな木のように見えていたかもしれないけれど、
土の下の根っこは今にも朽ち果てそうなほどボロボロで、いつ倒れてもおかしくない、そんな危うい状態で立っていた。

それでも、私はこの世に爪痕をのこそうと必死で、根っこのことはまわりには悟られぬように誤魔化しながら、ビジョンに向けてとにかく走り続けていた。

正直、苦しかった。
もう、立ち止まりたかった。
でも、まわりの期待に応えないと生きていけないと思っている自分が、立ち止まることを許さなかった。

2年半ほど走り続けた頃には、できていたことができなくなり、ずっと続けていたライティングも、ある日突然一文字も書けなくなり、
昼夜逆転して大学の授業はほぼ欠席、放課後に何とか身体を起こして、学生団体の活動をかろうじてこなしていた。

まわりが就活の話ばかりするようになった大学3年の終わり、私は1年間休学することにした。

表向きの理由は、自分のやりたいことを仕事にするために、フリーランスという働き方を、学生のうちに試してみるという挑戦。

裏側のもう一つの理由は、走り続けることに限界がきていて、一度すべてを手放して止まりたかったから。

最初の3ヶ月くらいは、何もしない期間を作ろうと決めていたけれど、何もしないというのもこれまで走り続けてきた私には難しすぎて、

「一度立ち止まって自分を見つめ直す時間が~~~」と書いてあった、1週間ひたすら自分と向き合う合宿プログラムに、休学早々に参加した。

きっと潜在意識の領域で、私にはこれに参加することが必要だと思ったから参加したのだけれど、その時の私はとにかく自分のヤミはなかったことにして認識しないようにしていたので、「こういう企画を自分もできるようになるために、運営の仕方の勉強として参加しよう」という、なんともへそ曲がりな理由を自分に言い聞かせて参加した。

結果、死ぬためにやりたいことだけやって自分の見たいない所には蓋をして生きていたその時の私とって、驚くほど自分で認識していなかった自分のヤミがむき出しになり、2日目以降ひたすら泣き続けた1週間となった。

この体験が私の人生のターニングポイントになったことは言うまでもないが、
私は、過去の傷が未だに癒えていないこと、ほんとは今も、生きることが苦しいこと、やりたいことだけやってたはずが、「人のため、この場のため、社会のためにならなきゃ、私は生きてる価値がない」という呪いに縛られて生きていたことを自覚した。

同時に、今まで蓋をしていた自分の弱さ、苦しさは、隠さなくていいんだと知った。

むしろそれを分かち合うことで、あたたかい愛のエネルギーが生まれ、深く強い絆が生まれる。

もう、弱くて生きることすらままならない、そんな自分もそのまま認めて、さらけ出して生きていこう。

簡単な事じゃないけれど、
もう少し肩の力を抜いて、等身大で生きたい。

はじめて、そう思えた。

それでもやっぱり、「私はいない方がいい」という染みついた呪いの言葉は、今でもなお、ことあるごとに湧き出てくる。

それでいい。
それも含めての私だから。

そう思えるようになったのは、わりと最近なのかもしれない。

自分のために生きること。

自分の存在価値への不安からではなく、
誰かの生きづらさが解けていくその場を共にできることの喜び、自分の中に溢れ出す愛の感覚があるから、私は人の生きづらさに寄り添っていたい。
それが私自身の、幸せだから。

自分の存在価値への不安は、たぶんこれからもしばらく私の中に居続けるだろう。

でも今は、それを上回る幸せを、まわりの人からいただいているから。

存在不安の払拭のためじゃなく、
自分の幸せに繋がることとして、今の表現ができるようになってきてるんじゃないかなって。

長い道のりだったけど、
やっと、ようやく、
本当の意味で、自分のために生きるっていう感覚を、掴めるようになってきた。

そしたら最近は、誰のためになるのかも分からないけれど、自分自身を、いろんな形で思う存分表現してみたいという欲求が、自分の中から溢れてきているのを感じる。

それまで苦手だからと遠ざけていた、絵を描くこと、身体表現、生命の音を自分の声でうたうこと、、、

自分のこの身体で、どんな表現ができるんだろう。
その可能性に挑戦してみたい。

実際に、「苦手」という壁をこえて思うがままにアート表現を楽しめた時、
絶対にできないと思っていた即興の身体表現ができた時、
もう出ないと思っていた声が、自分の中から湧き出てきた時、

今まで感じたことのない、自分自身が今、輝いてるなっていう言葉にならない喜びに満たされて、

私はこうやって、自分という人間を、評価のものさしをこえて自由に表現しながら生きていくんだって、

自分のこれからが、楽しみになった。

早く死ぬために生きていた私が、未来の自分に希望を持っている。

ヤミも、時おり顔を出す呪いの言葉も、
全部まるっと表現して生きていく。

そしてやっぱり、自分が経験した喜びを他の人と分かち合いたい私は今、
どうすれば「上手い下手」「得意苦手」の評価のものさしを超えて、その人の感性を引き出し、それを思うがままに表現する勇気を後押しできるだろうかと、試行錯誤している。

誰もが自分を自由に表現して生きる喜びを感じながら生きるために、私に何ができるだろう。

ほんとは、絵とか歌とか身体表現とか、そんなんじゃなくていい。

その人の生き様そのものが、自己表現だから。

でも、もっと自由に、余計なしがらみから解放されて生きる1つのきっかけとして、自己表現ワークショップをやりたい。

私も、あなたも、
自分の内から溢れるものを、
思うがままに表現して生きよう。

自分の内なる声に素直に生きよう。

私だけじゃなく、生き方に悩んできた仲間たちと共に、
そんな生き方ができたら、
私の幸せは、何倍にも膨れ上がる。

自分ひとりじゃ、何だか物足りなくて、
やっぱり、共に幸せであれることが、
何よりも私の幸せなんだなって。

だから私は、これからも自分のために生きていく。

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