お気に入りのヘアオイル



「これよく使うんですか?」
たまたま入ったドラックストアで、ヘアオイルが安くなっていた。レジに持って行くと、店員に言われた。

いつも使っているわけでもなく、たまに買うくらいだ。突然言われてびっくりしたが、「買わないです。」と無愛想に言うのも気が引けて、「あ、はい。」と答える。

それを聞いて店員は、「こちらの商品に似ている成分なのに、価格がお安いオイルがあるんですよ!少々お待ちください!」と売り場に走って行った。

最悪だ。
このオイルが欲しいだけなのに。
似ている商品は別に今はいらない。
そう思っていると店員が小走りで帰ってきた。

「こちらなんですが、お客様がいつも使用されている商品と成分がほぼ同じでして、有名な美容家の方が容器にもこだわって作ったんです。容量も多いですし、値段も安くてそちらよりお得ですよ!」

オイルを私の手元に近付ける。

「お手元で試してみてください。」
手にオイルを垂らすと、店員は続けた。

「ほら、オイルなのにベタつかないでしょう?湿気が多い時期にも髪に馴染ませれば、髪がまとまるんですよ。」

店員の話を聞きながら考えた。
さあ、なんて切り替えそう。
「いや、大丈夫です」と言えばいいが、走ってまで取りに行ったのに「大丈夫」とただ断るのはなんだか申し訳ない。

そうだ、妹がいることにしてしまおう。
実際に私には妹などいないが、妹に頼まれててと言えば良い。


「あの、すみません、妹と共同で使ってて。妹にこのブランドを買ってきてと頼まれてるんですよね。」

我ながら完璧である。
店員は、「あ、そうなんですね。お会計は2640円です。」とあっさり引き下がった。

店員に申し訳ないことをしてしまったと思いつつも、欲しい物を買いたかったし仕方ないと言い聞かせて帰路に就いた。

マンションのオートロックを鍵で開け、風呂に入ってからは何をしようかな、オイルいつから使おうかなと考え玄関を開けた。


玄関に見覚えのない花柄のサンダルが置いてある。母が買ったのだろうか。
母が買うにしてはデザインが若いなとも思いつつ、部屋に荷物を置いて、洗面台に向かう。

「おかえり」とリビングから声が聞こえる。


手を洗いながら「ただいま」と返す。
うがいをしながらふと思う。母にしては声が高い気がする。


見慣れないサンダルも置いてあったし、お客さんでも来てるのかなと思い、リビングに向かうとソファーに白いTシャツにデニム姿の知らない若い女性が座っている。

母の友人の子かなと思い「こんばんは」と挨拶すると、彼女はこちらを振り返り「何言ってるのお姉ちゃん」と笑う。


「お姉ちゃん」?


私に妹はいない。
ふざけているのかと思い、「すみません、母のお友達ですか?」と聞き返すと、「あはは!なにそれ〜!」とソファーに仰け反りながら甲高い声で笑う。
母もキッチンから「ふざけてないでちょっと手伝って」と配膳しながら言う。

そうか、母とグルになってドッキリを仕掛けてるのか。
母は素人のドッキリ番組も好きだから応募したのだろう。それならとことん乗ってやろう。

「冗談だよ」と彼女に笑いかけ、何事もなかったかのようにキッチンから唐揚げののった大皿を運ぶ。
その後も、一緒に食事を取り、風呂に入り、リビングでくつろいでいても、一向に種明かしする気配がない。こっちもムキになって特に何も触れず、いつも通りの生活をした。




それから3年が経とうとしている。

未だに誰も彼女について何も言わない。
妹として家族内で振る舞っている。
彼女は誰なのか。
あの時「妹がいる」と嘘をついたから生まれたのか。なんだか触れてはいけない気がして、今もずっと言えていない。

オイルを勧められた時、正直に「いりません」と答えておけば良かった。



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