『痴人のナンタラ』
「谷崎じゃん」
彼女は私が携えている本を見てそう呟いた。
「『ナオミ』って実際にいるのかな」
本を彼女に盗られる。
「いるんじゃない?私はこういう女無理だけど」
嫌悪感を露わにして、彼女にそう伝える。
彼女は少し発言することを躊躇ってから言う。
「もし私が『ナオミ』になったら、そのときも友達で居てくれる?」
本に落としていた彼女の眼が私の眼と合う。
「……わかんないね」
そう答える他なかった。
嫌と言い切ればいいのに、なぜか彼女の目前では言えなかった。
結局譲治とナオミが何故あそこまで一緒にいることに拘ったのか、私はあの本を読んでも正直分からなかった。
ただ、彼女の言葉に返事を濁した私はすでに譲治でしかなかった。
少しずつ谷崎の世界が、こちらに躙り寄っているような気がした。
そっと眼をやると、彼女は鏡で前髪を整えていた。
譲治とナオミは今日も世に無数にいる。
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