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今いくよ・くるよさん、ありがとうございました!

今くるよさんが、天国へ旅立たれた。

その肉体がこの世になくなったからといって、ファンでなくなるということはない。わたしの記憶が消えない限りは、ずっと心のいちばん奥底にその存在はあり続けるはず。
ただのいちファンでしかない、しかもここ数年(くるよさんの活動がなくなって以降)はおとなしいもんだったのに、なんだかほんとにたくさんご心配をおかけしてしまった。おふたりといえば、とわたしを思い出してくださるかたがいらして、とても恐縮したしありがたかった。

正直言って、今は安らかな気持ちでいる。お通夜もお葬式も、とても盛大で華やかであたたかなものだったと記事をいくつも目にして、嬉しく居る。大阪在住のフォロワーさんが、わざわざ葬儀会場まで出向き、会場の様子を教えてくれたりもした。一般の参列はなく、外から手を合わせてくださったとのこと。ありがたい。でもおそらく、関西で生まれ育ってわたしよりも年上な人ならば、いくよくるよさんはかなり親しみ深い存在なのだろう。
おもえばこれまで、何人もの関西在住の友人知人、さまざまな芸人さんのファンの方にお世話になった。なりまくった。いろいろ教えていただいたり、分けていただいたり、した。ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございました。おかげさまで東京在住でも存分に、いくくるファンライフを楽しむことができた。感謝してもしてもしきれない。

悲しみ、寂しさ、つらさ、は、いくよさんが旅立たれたときにもう…わたしもつられちゃうんじゃないかってぐらいに味わった。それはもちろん、もうおふたりの漫才が観られないとか応援に行けないとかそういうつらさもあったが、何よりもくるよさん、残されたくるよさんのことをおもうと、つらくてつらくて…つらかった。

いくよさんには、亡くなられてから2ヶ月と少し経った頃にNGKでお別れの会があった。くるよさんと女性のスタッフたちで考えたという、とても豪華だけど品があって可愛らしい祭壇。BGMはいくよさんが好きだった曲の数々の、オルゴール・インストゥルメンタル。昔の写真やエピソード、そして漫才の映像をみんなで見てゲラゲラ笑って。最後にくるよさんが挨拶をして、みんなで泣いて。舞台に白い花びらがたくさん舞って…。客席にいる参列者のみんなで順番に舞台に上がって献花。
あの会は他でもない、くるよさんのためにあったのだ。わたしは強くそうおもう。わたしは宮川花子さんのおかげで、この会に参列させていただくことができた。翌日、花子さんにお礼を申し上げに伺うと、しみじみお話しくださった。「NGKでお別れ会なんて、林会長以来よ。これ、"社葬"やで…すごいことなんよ。」
いくよさん、および、今いくよ・くるよという芸人がどれだけ会社に、そしてお笑い界に貢献し、どれだけ関係者から愛されたか。もとをかえせば、おふたりがどれだけ命がけでひたすら仕事に邁進し、周りの人たちを愛してきたか。…胸がぐわぁと熱くなった(書いている今も、また)。

くるよさんにはお別れの会の予定はとくにないそう。それはそうだろう。くるよさんはもう、いくよさんのもとへ行けたのであればそれが一番、誰にとっても嬉しいことなのだから。数々の芸人さんがお悔やみのメッセージや思い出を語っておられるが、皆さん揃いも揃って、いくよさんとの再会を喜んでおられる。"いくよちゃんには会えたかな?""やっといくよ師匠と会えますね""ふたりで天国でいっぱい漫才してな"…ここまで、パートナーと同じところに行けることを祝福(?)される人っているだろうか。夫婦でもなかなか言われないのではないか。

ここ数年は施設で暮らされて、ご病気もあったようだから、その痛みや苦しみ、そしてなにより寂しさから解放されたことをおもうと、嬉しい…といったら不謹慎になってしまうかもしれないが。でも今のわたしはそんな気持ちに限りなく近い。くるよさんは繊細で、きっと寂しがり屋さんだったろうとおもう。6人きょうだいの末っ子、スエちゃんだもんね。

…いくよくるよさんの蒔いた笑顔の種が、どんどんどんどん芽を出して育って花を咲かせて、また種が生まれて…永遠に続く。おふたりのド根性のおかげで今の芸人さんたちが歩いて行けてる。大袈裟なようだけどわたしは…ずっとそう感じている。だから今のエンタメにもガッカリしないで、ちゃんと楽しむ。これもいくくるスピリッツ。

今いくよ・くるよさん、たくさんのことを教えてくださり、与えてくださり、ありがとうございました。
長い間、ほんとうにお疲れ様でした。
どうぞ向こうでもお元気で、お幸せでいてください!!

わたしのおもう楽しいこと、が、だれかと少しでも共有、共存できたら幸せだなあという気持ちで文字を並べました。読んでくださってありがとうございます♪