よしなが大奥の世界

『大奥』という漫画をご存じでしょうか。よしながふみによる歴史改変SF作品で舞台は江戸時代。といってもJIN-仁-のように現代から誰かがタイムスリップするわけではありません。江戸幕府、3代将軍家光の時代、男子のみが罹患しそのうち5人に4人が死ぬという恐ろしい疫病が国中に蔓延し、男子の数が激減。将軍家光も病に倒れ将軍職は女子へと継がれていきます。この世界では男子は種馬として大切に育てられ、江戸城大奥は希少な男子を囲い、「美男三千人」と称される「男の世界」となっていきました。「大奥」と聞くと美しい打掛を着た女性が御鈴廊下にずらりと並び「上様のお成ーりー」の声でその中心を将軍様が歩いていく、というイメージが強いと思います。ところがよしなが大奥ではこれが男女逆転しているわけです。そして女将軍様は御鈴廊下を歩きながら、その晩の夜伽の相手を決め(名前を聞く)ます。現代に置き換えると色々な面で問題が起きそうですが、これは歴史改変SFといってもあくまで歴史ものです。現代ではアウトなことが数百年前には普通だった、ということが分かるシーンだと思います。

さて、かくいう私もこの作品に出会ったのはごくごく最近のこと。もともと映画は見たことあったのですが、NHKでドラマを放送するにあたり原作にも手を出したところ見事によしなが大奥の世界に魅せられてしまい、毎日のように田沼意次に思いを馳せています。そうです。私の推しは田沼意次様なのです。田沼意次というと私はこれまで、小学校の社会科で習った、享保の改革・田沼政治・寛政の改革・天保の改革の流れでとにかく「金」の印象しかなかったのですが、「大奥」を読んでそれが180°変わりました。田沼意次は9代将軍徳川家重の部屋子から10代将軍徳川家治の時代に老中筆頭にまでなり幕府の財政を立て直すのですが、これも将軍に認められてのこと。特に名君と名高い8代将軍徳川吉宗に自らの幕府の政についての考えを話し、認められるシーンは印象的です。もちろん盛者必衰、天下の田沼様も徐々に衰退していくのですが、その中で数々の天災に見舞われながらも幕府の金蔵に多くのお金を残したこと、そして何より、疫病治療・予防に最後まで尽力していた姿に私は胸を打たれ、この後に権力を握る11代将軍徳川家斉の母、治済のことを非常に恨みました。あまり書くと盛大なネタバレになってしまうのですが、この田沼時代がよしなが大奥の肝だと思っています。

私がこれほどまでによしなが大奥に魅せられた理由は何だろう。それを考えた時に真っ先に思い浮かぶのはやはり、「江戸時代という300年以上も前の話にも拘らず、現代社会の各所で謳われている『男女参画・女性の活躍』を実現した世界を血生臭くも美しく描いているから」ということだと思います。ここまでの私の文章を読んだ方は「男女参画」に疑問を抱くかもしれません。確かに物語の途中、「男子が政に口を出すな」というシーンもあります。しかし大政奉還まで描かれる中で、男女参画が実現している世が垣間見えるのです。女性がこの国を動かしていた時代もあった。もしかしたら本当にそんな時代があったけれど、史実に残っていなくて誰も覚えていないだけ。だから今また課題となって叫ばれている。そんなことも考えてしまいます。

ドラマ10大奥は現在3話。家光×有功編で地獄が繰り広げられています。原作をかなり大胆に削って、ドラマオリジナルの展開を加えている。しかし原作の解釈は曲げずに、映像にすると伝わりにくい部分を補足的に補うような構成になっており、私はとても好きです。名前も性別も親も何もかも取り上げられて城下の民や大奥の男衆に対して鬱憤を晴らすことしかできない家光を演じる堀田真由さん。家光が抱える苦しみが見えるお芝居で本当によきよき(それは違うドラマ)です。そんな家光を理解して抱きしめる有功を演じる福士蒼汰さんも見事に有功でした。このドラマ10大奥、制作発表の際に大政奉還までやると言っていたのですが、1年かけて最後までやっていただけたら本当に泣いて喜びます。NHKさんお願いします。


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