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【古今名婦伝】更科(さらしな)

更科さらしな
信州しんしう村上むらかみ長臣ちやうしん 楽岩寺らくがんじ右馬助うまのすけむすめにて、同藩どうはん 相木あいき森之助もりのすけつまとなる。美人びじんにて、かなへあげかぎのぶるの力量りきりやうあり。ことものやわらかにて貞心ていしん堅固けんごなり。

牧島まきしま大九郎だいくらう好色こうしよくゆへにより、をつと不測ふしぎわざわひあひ更科さらしな 単身みひとつにして塩尻しほじりやまふもとかくれ、一子いつし 鹿しか之助を養育やういくす。こののち 山中やまなか家號みやうじとし、尼子あまこ十勇士じふゆうしずい一たり。

其角きかくが句に
  泥坊どろばうや はなかげにて ふまれたり


※ 「かなへ」は、飲食物を煮るのに用いた三本脚の金属製の器。金瓮かなえ

鼎の一例(周文考鼎)

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『図解現代百科辞典 第貳巻

※ 「 鹿しか之助」は、山中やまなか鹿之助しかのすけ山中やまなか幸盛ゆきもり尼子あまこ十勇士じゅうゆうしのひとり。
※ 「尼子あまこ十勇士じふゆうし」は、毛利氏に敗北した尼子家を再興するため、尼子勝久を擁立して奮闘した勇士十人。


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更科さらしなは、戦国時代を生きた女性です。

更科
没年不詳(戦国時代)

信濃国の戦国大名村上義清よしきよの家老、楽巌寺らくがんじ右馬之助うまのすけ信高の娘に生まれました。たぐいまれなる美しさに生来の剛力を併せ持ち、武術にも大変秀でていました。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『絵本更科草紙:勇婦全伝 巻之1

十七才になった更科のもとには次々と縁談の話が舞い込みますが、「私は柔弱な者は好みません、生涯の良人おっとと定めるならば、天晴あっぱれ豪勇のお方でなくては…」と取り合いません。

ある日、更科の武術の師匠で、村上家の指南役を務める井上九郎光興みつおきが、門下の相木あいき森之助もりのすけ幸雄という若者を伴って更科の家を訪れます。

森之助を見初める更科
出典:国立国会図書館デジタルコレクション『絵本更科草紙:勇婦全伝 巻之1

「当村上家に豪傑勇士数ありといえども、相木森之助に及ぶ者はない、年は若いが信州第一の豪傑である」と、師匠の井上から聞かされていた更科。ひとめ見て森之助に惹かれ、婚礼の儀相整い夫婦となりました。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『絵本〔9〕尼子十勇士実伝

ここまでならありふれたお話ですが、時代は戦国の乱世。

更科が仕える村上氏(信濃国の戦国大名)は、甲斐国 武田氏(信玄・勝頼)と対立状態にありました。夫となった相木森之助は、村上家から武田家に主君を替えた相木市兵衛の甥にあたり、叔父の裏切りとはいえ信濃国では難しい立場でした。

ふたりの間には一人の男の子が生まれます。後に、出雲国 尼子十勇士あまこじゅうゆうしの筆頭として活躍する山中鹿之助しかのすけ(山中幸盛)です。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『絵本尼子十勇士伝

これらが史実であるのか、後年に脚色されたものなのか、そもそもすべてが物語であるのか、詳しいことは分かりません。江戸時代後期に出版された『絵本更科草紙』がきっかけとなって全国に広まったようです。

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『古今名婦伝』に話を戻します。

更科が組み伏せているのは、村上氏の家臣 牧島まきしま大九郎だいくろうです。

縁談を断られたことを根に持った大九郎は、森之助と更科に様々な嫌がらせをします。この絵は、氏神様にお参りする更科を待ち伏せて力づくで連れ去ろうとした大九郎が、逆に更科にやりこめられているところです。

これに腹を立てた大九郎はさらなる仕返しのため、あろうことか甲斐国の者に加勢を頼みます。ここから村上氏と武田氏を巻き込んだ大事件となり、森之助は甲斐国へ送致され、切腹を命じられます。

一方、更科は夫の最期を見届けたいと単身で甲斐国に潜り込みますが、その願いは叶わず、塩尻山のふもとで男の子を出産します。さらに、塩尻山で育てていたわが子が連れ去られ、塩尻峠をしきる盗賊の女首領となり、紆余曲折あって夫に再会 …

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『絵本更科草紙:勇婦全伝 巻之1

『絵本更科草紙』は、ここで紹介するにはあまりに長いお話なので、よかったら原文を読んでみてくださいね。秋の夜長にぴったりの長編小説です。🍂

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『絵本更科草紙』(文化七年) 
 巻之1
  - 相木森之助が由緒の話
  - 更科森之助が臆病を憤る話
  - 牧島大九郎狼藉更科勇力の話
 巻之2
  - 更科再び危難森之助勇猛の話
  - 相木森之助甲州へ引渡さるる話
 巻之3
  - 相木森之助死刑に逢ふ話
  - 更科夫の死骸を葬並幼子を失ふ話
  - 相木市郎兵衛が話
  - 更科不量山賊の徒小成る話
 巻之4
  - 横田道安加賀国菊酒屋ふ仕ふ話
  - 於菊幸助加賀国を立退話
  - 更科讐を復す話
  - 鴉勘竜衛門本名を明を話
 巻之4
  - 更科再び森之助に逢ふ話
  - 森之助幼子を得る話
  - 森之助甲府を辞して遠州ふ趣く話
  - 森之助井上九郎に逢ふ話
  巻之5
  - 相木森之助計後事隠信州話
  - 中納言宗行の鹿之助更科小未来を語る話

明治時代の出版も掲載します。

『尼子十勇士伝 上巻』(明治十六年)
  第一回
  - 相木森之助由緒の事
  - 更科  森之助が臆病を憤ほる事
  第二回
  - 牧島大九郎狼藉  更科勇力の事
  - 更科再び危難  森之助勇猛の事
  第三回
  - 大九郎徒党を結び  更科危難の事  並  森之助勇戦  更科を救ふ事
  - 相木森之助甲州へ引渡さるる事
  第四回
  - 相木森之助  死刑に逢事
  - 更科  夫の死骸を葬むる事 並 幼児を失ふ事
  第五回
  - 相木市郎兵衛の事
  - 更科  不量はからず  山賊の首領となる事
  第六回
  - 横田道安  加賀国菊酒屋に奉公する事 並 娘於菊に恋慕の事
  第七回
  - 更科  あだを報する事
  - 鴉勘左工門からすかんざえもん  更科の難を救ふ事 並 勘左工門  本名を明す事
  第八回
  - 更科  再び森之助に逢ふ事
  - 森之助夫婦  幼児を得る事
  第九回
  - 森之助  甲府を辞して遠州に赴く事 並 森之助  井上九郎に逢ふ事
  - 森之助  後事を計つて信州に隠るる事
  第十回
  - 山中鹿之助  更科勇力の事 並 中納言宗行の霊両人に未来を語る事

『武士道精華 山中鹿之助』(明治四十四年)
  - 相木森之助と勇婦更科姫
  - 牧島大九郎の横恋慕更科勇力を現はす
  - 花野ヶ原の大活劇
  - 相木森之助の大奮闘
  - 豪傑相木森之助 武田家に護送さる
  - 馬場美濃守の智謀
  - 山中鹿之助幸盛の生立
  - 鹿之助 相木市兵衛に拾はる
  - 勇婦更科 山賊の張本となる
  - 横田道庵の首を引き抜く
  - 豪傑箕田五郎の働き
  - 図らず相木森之助に再会
  - 一子鹿之助との奇遇
  - 井上九郎光興 鹿之助に武術を仕込む
  - 山中鹿之助幸盛 十六歳の初陣
  - 鹿之助 北条の大軍を討ち悩ます

泥坊や 花の陰にて ふまれたり



参考:『大日本古今名婦鏡』『尼子義勇伝』『絵本尼子十勇士伝』(国立国会図書館デジタルコレクション)
Wikipedia「尼子十勇士

筆者注 新しく解読できた文字や誤字・誤読に気づいたときは適宜更新します。詳しくは「自己紹介/免責事項」をお読みください。📖