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織布(ぬのおる)

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『日本山海名産圖會 5巻 [5]

大和やまと奈良なら越後ゑちご近江あふみなどに、をりおだことおびたゞし。なかにも 越後ゑちご名産めいさんとし、越後ゑちごちゞみせうして、苧麻まを生質せいしつよく、紡績ばうせき精巧せいこうなりとす。是、越後ゑちごおりはじめしことは、未詳つまびらかならず といへども、南都なんと近江あふみよりはるし。そのゆへは、越後ゑちご連接れんせつくに信濃しなのをはじめ 武蔵むさそ下総しもふさ下野ししもつけ常陸ひたちなど みないにし苧麻まをおゝしやうぜしなれば、くにをも それによりてなづくるもの下総しもふさ上総かづさ信濃しなのなり。

上総かづさ下総しもふさは、もと フサのくにといひて、すなはち、フサ、アサの轉語てんごなり。またあさをシナといふは、東國とうごく方言はうげんにて、いまなをしかり。蝦夷えぞ、人のおびをシナ云、かわにてつくるというも、これなり。

信濃しなのは、シナヌノといふことにて、もつぱら  おりいだせしなるべし。和妙抄わめうせうに、信濃しなの國郡こくぐんに シナといふおゝし。更科さらしなこれさらしたるなるべし)、穂科ほしな(干したる地なるべし)、倉科くらしな(麻をおさめしくらか)、仁科にしなかわはぎきし地なるか)、また伊那郡いなこほりのうちに麻續をみ更科郡さらしなこほり麻續をみなどのありて、すなはち、うみたるなり。

また神楽かぐらうた
〽 木綿ゆふつくる しなのはらにや あさたつね/\と云云

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『日本山海名産圖會 5巻 [5]

又、延喜式えんぎしき 内蔵くられう 長門ながとくに交易こうへきにすゝむるところ常陸ひたち武蔵むさし下総しもふさ(最古の食なり)、また大蔵省おほくらせう 春秋しゆんじう 二季にき禄布ろくふに、信濃しなのにのもち内侍司ないしのかみあつるともへて、みな これ せうとするにれり。かるがゆへに、越後ゑちごくには、連接れんせつなるをもつておのづか後世こうせい こゝうつせしなるべし。常陸ひだちは、倭文しづりといひて、しま模様もやうなどおりいだしたるなりともいへり。

※ 「倭文しづり」は、倭文織しづおりが変化した語。古代の織物で、梶木かじのきや麻などで筋や格子を織り出したもの。


出典:国立国会図書館デジタルコレクション『日本山海名産圖會 5巻 [5]

越後ゑちごくには、十月ころより三月までは、ゆき いへうづみて、大道たいどう往来わうらいむねよりもたかく、ゆへいへのきふかつくりて、これ往来わうらいともす。

いへむかひへ かよふには、ゆきおゝ鴈木がんぎつけて上下す。されば、山野さんや谷中こくちうといへども、草葉さうよう 樹梢じゆしやうかくし、耕作かうさく便たよりうしなへば、男女なんによ老少らうせうとなく織布しよくふわざとすること、まこと國中こくちう天資てんしとみなり。

いま柏嵜かしはざきといふは 海邊かいへんにして、ぬのあきひ人の輻湊ふくそうし、小千谷をぢややゝへだてゝ、また商人あきひと ありこれ、信濃にちかし。苧麻まをうゆる地は、今 下谷しもたにへんおゝく、千手せんじゆいふところは かすりしま上織じやうおりにて、塩澤しほさわまちこんかすり、十日まちは かはりしまほりうちへん白縮しらちゞみもつぱら とす。一村いつそんに一しなしま模様もやうをのみりて、他品たひんこんぜず。問屋といやこれ取合とりあわせて、諸國しよこく貨売くわばひす。


苧麻種植まををうへ 并 漂染織さらしそめおること

苧麻まおは、つちとしてせうぜざるところなし。橵子みうへ分頭わけうへ両法りやうはうあり。いろも、あを両様りやうやうあり。毎歳まいねん両度りやうどかるものあり。しかれども、つちによりて、同種どうしゆのものもそのせい強弱きょうじやく ありすでに、近江あふみうゆものそのせい 柔滑じうくわつなり。東國とうごく 寒地かんちものは、いたつつよし。ゆへに、越後ゑちごそのせいのみにもあらず。みやことをくて、人性じんせい質素しつそなれば、工巧こうこう もつとも くわし。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『日本山海名産圖會 5巻 [5]

大麻あさ楓葉もみぢのはごとく、苧麻まをきりて、おほひことなり。苧麻まをしようにてかわぎ、大麻あさゴキというて、はぐなり。大麻あさはなあり、サクラアサといふはななくあり。これたねにてまけば、おのづかまじりて生ずせうすなはち雌雄しゆうなり。苧麻まをは カラムシともひて、苗高なへのたかさ 五尺 ばかり、五月八日にかりそのあときておけば、来年らいねん 肥大ひだいなりとす。これ奈良ならそ ともいひて、南都なんとおるものこれなり。越後ゑちごもつとも 苧麻まをなり。種類しゆるい 山野さんやに多し。

※ 「奈良ならそ」は、奈良に産する麻のこと。奈良晒ならざらしの原料になります。奈良麻ならそ奈良苧ならそ

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『日本山海名産圖會 5巻 [5]

およそかわ はぎりてのちもし あめにあへば、腐爛ふらんする。ゆへに、晴天せいてん見窮みきはむるにあらざれば らず。されども、くさ破折はぐときは、みづもつて ひたし、これ また廿にじうこく ばかり よりひさしくはひたさず。いろ淡黄うすきなるを、漂工屋さらしやこれさらして 白色はくしよくとするには、まづ 稲灰いねのはひ石灰いしばいとをもつて、みづくわて、またながれにれてふたゝび らす。

いとるには、上手じやうずの者は ■車あしくるま [■は月+布] をもちゆ。これおんな一人の 手力ちから三倍さんばいす。そのうち しやうよきものりて、ほそきてるなり。ふときはよりあわせて、なわあるひは、縫線ぬひいといととす。

これ みな婦人ふじん手力しゆりよく もつぱら にして、おとこ あひまぐはれり。ゆへに、國俗こくぞくおんなさんすることをよろこべり。それがうちに、二歳にさい三歳さんさいときゆびつめうかゞひ、細手ほそて粗手ふとて性質せいしつうかゞひ、もし 細手ほそてうまつきなれば、國中こくちうあらそふて これをもとむ。

いとそむこと京都きやうとのしわざにかはることなし。しまるいは、織上をりあげ宿水ねみづもみらひ、陰乾かげぼしとす。白布はくふは、りてのちらす。これさらすには、かの 灰汁あくにてもみあらふこと、三五にして、またふりつみたるゆきしきならべて、その うへに、また ゆきつもらせ、またその うへへならべて 幾重いくゑといふことなく、たかくつゝみつきたるごとく、のあたりて 自然しぜんきへゆくにしたがひて、いたつしろくなるを、またみづによくもみらふ。

一節いつせついはくぬの商人あきびと習俗しうぞく俚言りげんに、ぬの精粗せいそ上下のひんわくるに、一ごういふを、極細ごくさいぬのとし、二合、三合、これ次第しだいす。たゞしこれ 山中さんちうにて おるぬいのなり。一ごうは、山の 頂上てうじやうにして、人質じんしつも 甚 素ぼくなり。ゆへに、衣食住いしよくぢうついへ 一年の入用、妻子さいしきうするところといへ共、五六十目 ばかり にして、細布さいふ一端いつたんりやう紡績ばうせきことり、甚 いとま せはしからず。ゆへに、至細しさいものは、やまの一合にありて、それより二合、三合と次第しだいに ふとくなること、まつた世事せじ緩急くわんきうにありとはへたり。これによりて、おもへば、當世とうせい器物きぶつ 諸蓺しよげい 萬端ばんたん 精良せいりやうむかしおとること、このがう、三がうひとし。

※「俚言りげん」は、標準語にはない方言独自の語。里ことば。



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