織布(ぬのおる)
大和、奈良、越後、近江などに、織出す事夥し。中にも 越後を名産とし、越後縮と称して、苧麻の生質よく、紡績の精巧なりとす。是、越後に織はじめしことは、未詳 といへども、南都、近江よりは古るし。其故は、越後連接の國、信濃をはじめ 武蔵、下総、下野、常陸など 皆、古へ 苧麻の多く 生ぜし地なれば、國の名をも それによりて号くる物、下総、上総、信濃なり。
上総、下総は、元 フサの國といひて、即ち、フサ、アサの轉語なり。又、麻をシナといふは、東國の方言にて、今も尚しかり。蝦夷、人の帯をシナ云、木の皮にて作ると云も、是なり。
信濃は、シナヌノと云ことにて、専 織出せし地なるべし。和妙抄に、信濃の國郡に シナといふ名多し。更科(是、晒たる地なるべし)、穂科(干したる地なるべし)、倉科(麻を納めし倉か)、仁科(煮て皮を剥きし地なるか)、又、伊那郡のうちに麻續、更科郡 に 麻續などの名ありて、即ち、麻を續たる地なり。
又、神楽哥に
〽 木綿作る しなの原にや 麻たつね/\と云云
又、延喜式 内蔵寮 長門の國、交易にすゝむる所、常陸、武蔵、下総の 麻の子(最古の食なり)、又、大蔵省 春秋 二季の 禄布に、信濃布を以、内侍司に充るとも見へて、皆 是 證とするに足れり。故に、越後の國は、連接なるを以、自 ら 後世 此に移せしなるべし。常陸は、倭文といひて、島模様など織出したる名なりともいへり。
※ 「倭文」は、倭文織が変化した語。古代の織物で、梶木や麻などで筋や格子を織り出したもの。
越後の國は、十月頃より三月までは、雪 家を埋みて、大道の往来は屋の棟よりも高く、故に 家の宇を深く作りて、是を往来ともす。
家向ひへ 通には、雪に多く 鴈木を付て上下す。されば、山野谷中といへども、草葉 樹梢を 隠し、耕作の便を失へば、男女老少となく織布を業とすること、實に國中天資の富なり。
今、柏嵜といふは 海邊にして、布商人の輻湊し、小千谷は畧隔てゝ、亦、商人 有。是、信濃にちかし。苧麻を種る地は、今 下谷の邊に多く、千手と云所は かすり島、上織の場にて、塩澤町は 紺かすり、十日町は かはり島、堀の内の邊は 白縮を 専 とす。一村に一品の島模様をのみ織りて、他品を混ぜず。問屋、是を取合せて、諸國に貨売す。
苧麻種植 并 漂染織の事
苧麻は、土として生ぜざる所なし。橵子、分頭の 両法あり。色も、青、黄の 両様あり。毎歳、両度、刈物あり。然れども、土によりて、同種のものも其性の 強弱 有。既に、近江に種る物、其性 柔滑なり。東國 寒地の物は、至て強し。故に、越後は 其性のみにもあらず。都に 遠くて、人性も質素なれば、工巧 最 精し。
大麻は 楓葉の如く、苧麻は 桐の葉に似て、大に 異なり。苧麻は 生にて皮を剥ぎ、大麻は 煮ゴキと云て、煮て剥なり。大麻は 雄は花あり、サクラアサと云。雌は 花なく實あり。是、種にて蒔ば、自ら 交りて生ず。即、雌雄なり。苧麻は カラムシとも云ひて、苗高 五尺 許、五月八日に刈、其跡を焚きておけば、来年 肥大なりとす。是、奈良そ ともいひて、南都に 織物、是なり。越後、最 苧麻なり。種類 山野に多し。
※ 「奈良そ」は、奈良に産する麻のこと。奈良晒の原料になります。奈良麻、奈良苧。
凡、苧の皮 剝取りて後、若 雨にあへば、腐爛する。故に、晴天を見窮むるにあらざれば 折らず。されども、草を 破折の時は、水を以 浸し、是 亦、廿刻 許 より久しくはひたさず。色は 淡黄なるを、漂工屋、是を晒して 白色とするには、先 稲灰と 石灰とを以て、水を加へ煮て、又、流れに入れてふたゝび 晒らす。
糸を紡るには、上手の者は ■車 [■は月+布] を用ゆ。是、女一人の 手力に三倍す。其うち 性よき物を撰りて、細く破きて織るなり。粗きは糾合せて、縄、或は、縫線の糸とす。
是 皆、婦人の 手力 専 にして、男 相交れり。故に、國俗女を 産することを喜べり。それが中に、二歳、三歳の時、指の爪を 候ひ、細手、粗手の性質を候ひ、若 細手の生れ付なれば、國中あらそふて 是をもとむ。
糸を染る事、京都のしわざにかはることなし。島類は、織上を 宿水に 揉洗らひ、陰乾とす。白布は、織りて後に 晒らす。是を 晒すには、彼 灰汁にて揉あらふ事、三五度にして、又、降積たる雪に敷ならべて、其 上に、亦 雪を積らせ、又、其 上へならべて 幾重といふことなく、高堤を筑たる如く、日のあたりて 自然と消ゆくにしたがひて、至て白くなるを、又、水によく揉洗らふ。
一節に 云、布商人、習俗の 俚言に、布の 精粗上下の品を見わくるに、一合と言を、極細の布とし、二合、三合、是に 次第す。但、是 山中にて 織布なり。一合は、山の 頂上にして、人質も 甚 素朴なり。故に、衣食住の 費 一年の入用、妻子に 給する所といへ共、五六十目 許 にして、細布一端の 料の 紡績に事足り、甚 いとま せはしからず。故に、至細の物は、山の一合にありて、それより二合、三合と次第に ふとくなること、全く 世事の 緩急にありとは見へたり。これに依て、おもへば、當世の 器物 諸蓺 萬端 精良、昔に劣ること、此 二合、三合に等し。
※「俚言」は、標準語にはない方言独自の語。里ことば。
筆者注 ●は解読できなかった文字を意味しています。
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