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第二十話

 今日は部活がない星陽を迎えに行こうと広い大学内を歩いていた弥幸は、木陰に自動販売機とベンチがいくつかあるちょっとした休憩スペースに久重を見つけた。隣には天音がいて、特に話をするというわけでもなく、2人でニコニコと購買のパンか何かを食べている。
 お、あいつ頑張ってストーカーから卒業できてんじゃん。
 まだ高校生の雰囲気が抜けきらない天音と、2年とはいえ中学生くらいにも見える可愛らしい容姿の久重が木漏れ日の下で並んでいるのは癒されるものがある。
 しばらく見ていると食べ終わったようで、久重が例の果し状的封筒を急いで出すと、天音もカバンからシンプルな絵付きの封筒を出す。それを交換し合うと、天音は部活があるのだろうか。手を振ってその場から走り去り、久重はこれぞ笑顔という顔で一生懸命手を振って送っている。会っても話をせず手紙を交換しあってるのかと思うと不思議だが、中学生か高校生の交換日記みたいなものなのだろうか。
「くーっ!!姉としては複雑なものがありますよね。カプとしてはアリ寄りのアリなのに、超絶可愛い弟が私だけのものじゃなくなってしまうという喪失感!」
唐突に声がしギョッとすると、異様に本格的な双眼鏡を覗いているピンク髪が気配も感じさせず背後にいた。
「お前マジで何者なんだ。その気配の消し方プロだろ。…って双眼鏡、野鳥友の会かよ」
「弟に恋人ができそうとなると、双眼鏡を使い分けながら観察し続けるのが世の中の姉の常識ってもんですよ…あ、証拠写真撮れてるかな」
と携帯を確認しているピンク髪を、何のための証拠写真なんだと見ていると、思い出したように言った。
「そうだ。弟を見るのに夢中で忘れてましたが、見かけたら伝えといてくれって言われてたんでした。星陽さん、ウチの部室で同人誌読んだ後生物学部に向かいましたよ」
「今サラリと言った重要情報もう少し詳しく聞かせろ。あいつどんな同人読んでたんだ」
すかさず聞いた弥幸をピンク髪はチラリと見たくせに、非常にムカつく含み笑いをしながら無言で去って行ってしまった。
 …っわ。なんかすごいイラッとするな。
思いながらとりあえず生物学部に方向を変えてしばらく歩いていると、中庭で鷹を飛ばしている小柄な男性と、それを絵に描いている大柄で穏やかな笑顔の男性がいた。大学のかかりつけ獣医である佐一先生と美術の特別准教授、絵雅先生の良く見る光景だ。鷹が飛んだり腕にとまったりするのを何となく見ていると星陽の声がした。
「お、部長ちゃんと伝えてくれたんだ」
嬉しそうに走って来る。
「千聖と来るかと思ってたのに1人か」
「今日は休んでるんだって。ほら、大学にいる動物の予防接種を手伝う話。あれ聞こうと思ってたんだけど…って悠先生いるじゃん。聞いてこよ」
そのまま、また走って行った。
そういや満月も見てないなと思っていると、非常に遠巻きな辺りで中庭の様子を伺う姿を発見したので、手を振って声をかける。
「千聖、今日休みなんだって?どうしたんだ?」
聞いた途端、満月は予想以上に盛大にショックを受け、よろめいた体を支えた建物の壁に話しかけだした。
「…マジか…大学休むことも言って来ないなんて、これ本格的に千聖に嫌われたわ…俺はこれからどうすれば…もう自分探しに世界一周バックパッカーして来るしかない…この心にポッカリ空いた穴をポエムにしていくんだ…全国の駅前で弾き語りして日銭を稼いでいれば、いつか千聖にもこの愛が届くかもしれない…」
弥幸はしばらく大人しく聞いていたが、ちょっと言っている意味がわからない。
「愛届けるの遠回りすぎだろ。普通に5分の裏道通って行けよ」
声をかけると、壁からガバッとこちらを向き両腕を掴んだ。
「俺これから大学に休学届出して来るわ。いやもう退学でもいいかもしんない」
じゃ、と去りそうになったのを捕まえて言う。
「ちょーっと待てお前。少し落ち着こう。千聖と何があった」
「ケンカしたのか?」
悠の元から帰って来ていた星陽が何の気無しに聞くと、ボソッと言った。
「告白された」
パッと表情が明るくなり、良かったじゃんと言おうとした星陽の先手を打つように
「…のを振ってしまった」
と満月が続けた。
 は?
弥幸と星陽の声が重なる。
「え?なんで?何がどうなるとそうなんの?え?全然わかんねー」
混乱する星陽の言葉は、そのまま弥幸が言いたかったことだ。
「舞い上がっちゃってさ、ちょっと落ち着く時間ちょうだいって言おうとしたんだよ。男同士だし、友愛と恋愛を勘違いしててもおかしくないのに、こうして付き合えるのスッゲー嬉しいって思って」
すでに誰もいなくなり薄暗くなりかけている中庭に座り込み、満月の言葉を弥幸と星陽はうんうんと聞く。
「そしたら、舞い上がりすぎて反対になってた」
「と言うことは…」
星陽が相槌を打ち、満月が言う。
「男同士だし、友愛を恋愛と勘違いしてるかもしれないし、って口に出て、スッゲー嬉しいから落ち着く時間ちょうだいって心の中で言ってたんだよ」
満月は深いため息をつくと、抱えた頭を体操座りの膝の間に埋めた。
「振るなら自分の気持ちで振って欲しいって、千聖怒って帰ってった」
 …お前、頭いいくせにバカだろ。
以前、満月に言われた言葉を、弥幸はそっくりそのまま満月に返したかった。

ムカつく含み笑いピッピ

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第二十一話〜弥幸✖️星陽

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