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第二十一話

 満月から衝撃の話を聞いた翌日。結局今日も休みだった千聖と、部活しか来ない満月がいない昼休憩。自分達の時の恩もあり、できることが何かあればと思っている弥幸と星陽はBKD部室に向かっていた。
「俺たち何かというとBKDの同人に解答求めようとしてるけど、これ正解なのかな」
「一応、心理の先生に話も聞いてみたし図書館も行っただろ」
 思いついたことはやってみたのだが、色々ぼやかしての相談には少し的違いの回答しか返って来ず、「片思い 告白 勘違い ケンカ 仲直り 方法」のような検索ワードではせいぜい生徒指導の本ぐらいしか見つからなかったのだ。星陽のいうことには大いに同意なのだが、できることは全部となると最後はここしかない。

 BKDの部室に近づくと、いつもは単なる場末の倉庫であるドアから何やら良い香りが漂って来た。
「…うぉ、嘘だろ!この香りはもしかして…」
と息せき切ってドアを開けた星陽が声を上げた。
「やっぱり!伝説の生徒会長!!」
興奮し、鼻息も荒くなっている。
 部室を覗いてみると、ほとんどがベッドという状態のままだ。しかしそのベッドに、部室が高級ホテルにも見えるほどの美しい男性が足を組んで座っていた。部屋に花の香りが漂っているし、どこも開いていないのに何故か蝶まで舞っている。
「このベッド懐かしいね。ボーイズラ部のモデルの時によく使わせてもらったよ」
とベッドヘッドを撫でていた男性がゆったりとこちらに目をやった。
「っわっ!どうしよう弥幸。本当に叶芽先輩だよ。…ちょ…ちょっと待って超緊張する。あ、握手!握手してもらわなきゃ。…あー、ノート持って来ときゃ良かったサイン欲しいっ」
星陽が頬を紅潮させて慌てている。弥幸はちょっと気に入らない。
「…ふーん。そんなにすごい先輩なわけ」
「生徒会に関わる人間だったら知らないヤツはいねーよ!中学高校と生徒会長をして、中学では女子のメイクや男子のツーブロック認めさせて、高校では私服登校を可能にしてフレックス通学まで導入させたんだからな!うっわー。本当にこの大学にいたんだ!都市伝説だと思ってた!」
弥幸の目の先で、叶芽と言われた男性は優雅に微笑む。
「いや、高校は付属の夜間高校と一緒になることが決まった時期だったから。それに乗れて運が良かっただけだよ…あ、ごめんね。君たち用事があるんだよね」
と叶芽がベッドから立とうとしたのを弥幸は制した。
「いや。俺たちもう行くんで。そのままどうぞ」
そして星陽の手を引き、部屋を出た。
「何だよ弥幸!せっかく叶芽先輩に会えたのによ!」
「どうせこの大学の大学院にでもいるんだろ。いつでも会いに行けるよ」
つい足早になる弥幸の後を追いながら星陽が言う。
「待てって!何怒ってんだよ!」
追いついた星陽は弥幸の袖を引くと、横顔を見てニマッと笑った。
「…あ、お前叶芽先輩に嫉妬してんな?」
行く手を防ぐように前に立つと、弥幸の頭を抱え込むようにしてわしゃわしゃ撫でた。
「あーもー!かっわいいなあー!今すぐ抱きてー」
周りの人間がちょっと見るくらいの声で言うと頭を撫でる手を止め、額をつけるようにして弥幸の目を見た。
「叶芽先輩はアイドルなんだよ。でもアイドルを愛でるにはさ、余裕っつーか、ちゃんと足をつける場所みたいなのが必要だろ?それがお前。弥幸がいねーと俺の全部が壊れてなくなる」

 そろそろ院に戻ろうと思い部室から出た叶芽は、BKDが空いたことを伝えようと2人の声がする場所に辿り着き、やり取りを聞いていた。
 …まあ声をかけなくてもいいか。
思うと同時に、すぐに院の薬草園に戻りたくなる。叶芽の足をつける場所がそこで待っているのだ。

 山を切り開いた大学土地内の一部に、大学生だった頃から少しずつ広げて来た畑がある。「薬草園」と手書きで書かれた小さな看板を越えると、声がかけられた。
「お前はいつも廉先生が来たらうまいこと逃げるな。園芸部部長」
朝から比べるとかなり広くなった畑で、鍬を支えに立っている正義がいる。つなぎと肩にかけたタオルが土に汚れていて、1人でだいぶ頑張っていたことが窺われた。
「珍しい薬草を持って来てくれるのはありがたいが、本当にあの先生は鬼だぞ。栄養がたくさんいる草だから場所を三倍に広げろとか言い出して、苗だけ置いて去って行ったからな。これで2.5倍くらいだと思うんだが」
「廉先生の知識は確かだからなあ。先生が3倍と言うなら3倍なきゃいけないんだろうな。ありがとう、正義。あと0.5倍は僕がやるよ」
袖を捲り上げ、置いてあるゴム長靴に履き替えて自分の鍬をとった。
 鍬の持ち手に顎をのせながら、畑を耕している叶芽を眺めていた正義がしみじみと呟く。
「お前がこうして泥だらけになって頑張っている姿は、誰も知らないんだろうな」
「僕は昔から皆の夢を生きてきたし、これからもそうするよ。生きてる夢がいれば皆の希望にもなるってもんだろ?」
それに、と、叶芽は1人呟いた。
 この姿は、正義だけが知っていてくれればそれで十分だ。

叶芽先輩は昔からすごい
本編オルフェ(叶芽)くんとジャスティ(正義)くん
叶芽先輩と正義くんはこの感じに近いかな?


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第二十二話〜弥幸✖️星陽

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