The Sword Story3
Edition P- Cordell・Crawford・Spedding
短剣はどこにあるんだ。
コーデルは思いつく限りの場所を探した。大学はもちろん隅々まで探したし、ヘレナの実家にも行った。カワード教諭のゼミ室に行った時には先が少し上向いた特徴的な短剣を見つけてこれはと思ったが、こびりつく泥や錆は年季が入っていて、ヘレナが研究を続けていた数週間前には宝飾品で飾り付けられ、持ち手が宝石だったとはとても思えない代物だった。
それでも念には念をと所属ゼミの教授の力を使い、こっそり持ち出して専門家に調べてもらった。だがやはりただの鋼で、宝石と思われたものすら半貴石だった。そこらへんの古物商で数千円で買えるような代物だという結果だった。
手元には論文がある。「失われた森」で発見された壮麗な短剣から丁寧に調査し、元は文化のある王国があったのではないかと結論づけたものだ。
発表すれば間違いなく話題になる。だがそのためには、まずはその短剣が必要だ。
そして男性の名前で発表されなければならない。
コーデル・クロウフォード・スペディングは決して女性蔑視者ではなかった。ただ、男性にはできて女性にはできないことがあり、それが多いと思っているだけだ。
例えば料理、例えば音楽や絵画。
女性にも料理が上手な者はもちろんいるので、レストランメニューや家庭料理などを美味しく作れるはずだ。音楽や絵画。これは心の動きも大事な芸術だから女性ならではの表現方法というのがあるし、オペラや合唱には女性の声も必要だ。
だが一流ホテルで出すような非の打ち所がない料理となると別である。知識と構成力が必要だから、女性にはまず無理だろう。
また画家や音楽家でも、世界的に活躍するとなると別だ。理性と感情のバランスが必要になってくるから、女性では難しい。
軍隊や警察など体力筋力が必要な仕事は言うまでもなくできない。
つまり、女性は男性より感情的で理性や論理力などというものには欠けるし、体力がない。だから、それらがより必要なことはできないのだ。
一方で、手先が器用で会話が上手く社交術に長ける。これは男性では勝てない能力だ。
コーデルは経済的に豊かな中流貴族の長男だった。婚約者に定められたのは、由緒ある上流貴族の孫であるヘレナだ。
クラシックなドレスもモダンな洋服も着こなす、細身で少し背の高い容姿がとても好みだった。上流階級の教育が全身に行き渡った隙がない身のこなしは優雅で誰の前に出しても恥ずかしくなく、非の打ち所がないマナーも併せて、隣に置いておくにあたり何の心配もしなくてすんだ。
家の会社を継ぐことを期待されていたコーデルにとって、屈託がないながらも失礼ではないヘレナの社交態度は非常に好ましく、共に社会と向かい合っていくに足る自慢の婚約者だった。
それに暗雲が立ちこみ始めたのは、ヘレナが大学に編入して来た頃からだ。
並いる男子学生を抑えトップの成績で合格したヘレナが同級生になった時、なぜそのようなことをするか理解できず恥ずかしくさえあった。
男性ばかりの大学に1人しかいない女性として通うのは男慣れしているようだし、結いあげるわけでもなく単に引っ詰めて高いところで一つ結びをした髪も美しくなかった。
そんなヘレナが婚約者であることを、同級生はからかったり馬鹿にしたりした。だがヘレナの父親がこの大学の教授であったことや、何よりヘレナの家柄の良さが知られるにつれ、変わり者の娘を受け入れられる懐の深さを逆に評価されるようになり、コーデルは一目置かれる存在になった。
それにヘレナは大学を休み、旅行に行くことも多かった。その姿は勉学に打ち込むより貴族女性らしく好ましかったので、父親がいた大学で独身最後の時間を楽しんでいるのだろうと、あまり気にしないことにした。
ヘレナが大学に入学し、以前より疎遠になっていたある日。コーデルは久しぶりにヘレナと大学ですれ違った。階段の踊り場で、ラベンダー色のワンピースに豊かな金髪を下ろした姿はいつもの引っ詰め髪よりやはり可愛くて、重厚で埃っぽい校舎の中に花が咲くようだった。
コーデルは気分良く婚約者に呼びかけた。
「また旅行に行ってたのかい?」
階段を駆け上がって来ていたヘレナは横顔にかかる髪を邪魔そうにかきあげこちらを見ると、蕾が綻ぶように笑った。
「あら、コーデル。最近忙しくて、あまり話もできてなくてごめんなさい。一昨日帰ってきた所なのよ」
「帰って来たばかりなのに忙しそうだね」
言ったコーデルに、ヘレナは持っていた紙束を少し見せるようにして答えた。
「これをカワード先生に見てもらおうと思って」
それは分厚く、一枚目の紙には題名が書いてあった。
「失われた森について?何かの本の写しかい?」
ちょっと躊躇うようだったが、ヘレナは答えた。
「…論文よ。私が書いたの」
瞬間、コーデルはカチンと来た。
「仕事を見つけなければならないわけでもあるまいし、何でそんなことをするんだ。女性が学問に打ち込むなんてみっともないだろう。ましてや君は上流貴族なんだぞ」
「あなたまで母と祖母と同じことを言うのね。私が大学に通うことを認めてくれてるんだって尊敬してたのに」
怒りとも悲しみとも、諦めとも軽蔑ともつかない初めて見せる表情で、ヘレナは声低く言った。
「どうしてなの?一生懸命勉強することの何がみっともないの?」
「君が男に混じって勉強してるの自体、本当は恥ずかしいと思ってたよ。それを僕が我慢していたのを良いことに、調子に乗りすぎじゃないか?」
今まで見て見ぬふりをしていた思いやりを考えない、男性に対抗するような傲慢な態度にさすがに言葉が止まらなかった。
「とにかく、君が論文と言っているそれは貸せ」
女性が書いた論文など、作文か小説のようになっているに違いなかった。そんなものが人目についてしまうのは婚約者として耐えきれない。
「いやよ」
ヘレナは持っている論文をコーデルの手の届かないところに避けた。
「大体、女が書いた論文なんか誰かに読んでもらえるわけないだろう!」
それを、コーデルは強引に奪った。
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