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The Sword Story4

Edition O- Teo・Quiqe=Nieto

 大河沿いの土地を少しずつ切り開いて出来た国。そこに住む単一民族の国民は、精神性を尊重する伝統文化を大事に生きてきた。
 彼らにとっての神は自分達が少しずつ切り開く土地そのものだったので、国民が住む場所と他国と商取引をする場所は厳密に分けられており、国民が外に仕事に行った場合にも、決められた場所で数日過ごした後しか住居に戻れなかった。他国からここに移住する者は民族のイニシエーションを受けると共に、元の国に戻らない覚悟が必要だった。

 最初の国民がこの地に入った時、大地は言ったという。
「心身を捧げる限りにおいて、其方を守る」
だから国民は、生まれてから死ぬまでこの地で過ごす。

 大地は金属を与え、貴石を与えた。最初に与えられたそれらで最初の国民が作ったとされるのが、王家の者が受け継ぐ短剣だ。
 時代を経る内にエメラルドの鞘がつき、彫刻が施され宝石が埋められて、今の煌びやかな宝飾品になった。
 この地と自分は一体であると信じる国民を、大地は良く守った。
土地は肥沃だったし、貴金属と貴石は際限なく採掘された。

 現王テオの父王は頭が良かった。
 そんな父が国の将来を鑑みた時、他国との交流を盛んにする政策を取ろうとしたのは当然で、テオにも理解ができた。
 だが父の、土地と国民を切り離す考え方に基づく政策はあまりにも急進的で、進め方は強引だった。ついに父王は国を追い出され、テオが即位することになった。


 それから数年後。
テオ・クィケ=ニアトは父親と向かい合っていた。

 絶対に叶わない力が襲う時は、大地と共に滅びる道を選ぶ。
 そんな国民性を良く知っている父は、圧倒的な兵力を伴って、亡命した外国から敵として帰って来た。
「黄金と宝石が採れるというだけの古い国に頭を下げながら交渉するより、自分のものにしたほうが余程楽だからな」
 城の外では無抵抗の国民が殺され続け、家が焼き払われ続けている。
数年前まで自分の国民だった人間を惨殺しながら、父であった男は言った。
「ちょっと早かっただけだよ。俺じゃなくても他の誰かが、きっと国を潰しに来ただろうさ」
 向かい合った父の瞳は変わらず理知的な輝きを放っていた。だが悲哀の色を帯びたその光は、悟ったような妙に深い落ち着きがあった。

 この土地を滅ぼし自らの手で故郷を無くし、かつての自分を知っていた人間すら消してしまったこの人は、どこに行こうとしているのだろう。

 テオは常に帯同している王家の短刀を構えた。

 …いや、もうどこにも行けないのだろう。
それはテオ自身も同じだった。

 父が言っていたことは正しかった。
 土地は土地で、人は人だ。国を存続させるということだけを考えるなら、誰でも行き来できるようにすべきだろう。
 だが大臣たちの言うことも正しかった。
 土地と自分は一体だ。そう考えながら生きて来た国民の、その代表は王だ。
 土地を外の者に荒らされることは自分の魂を蹂躙されるのと同じだと、それなら大地と共に死んだ方がマシだと国民が考えるなら、その意志は代行しなければならない。

 宝石の柄を持ち黄金の鞘から抜くと、刀身が伸び鍔がグンと張り出した。
短剣から半月刀に形を変えたそれを構え、テオは思う。
 何を選ぶのが一番正しかったのだろうか。本当は、ゼロでも100でもない答えがあったのだろうか。

 しかしもう、それを探すには遅過ぎた。

 聞こえるのは、家や木々が燃える音と父が連れて来た兵士たちが立てる音だけだ。この土地と生きこの土地と死ぬという意志が生命の形をとったものが、燃える家の中に籠り、声一つ上げずに斬られている。

 最初の国民がこの地に入った時、大地は言ったという。
「心身を捧げる限りにおいて、其方を守る」
 大地と共に生きることは、確かに私たちの誇りだった。
だから感謝を込め、今度は私たちがあなたを守ろう。

 半月刀を構え、テオは父に。父の向こうにある新しい社会と時代に向かって言った。
「お前たちに何一つ与えはしない」

 テオはおそらく、最後まで立っていた国民だった。
剣を構え何度も立ち上がる姿が不気味だったため、兵士たちはテオを、人間とは思えない肉片となるまで切り刻んだ。

 全てが終わり城から引き上げる時、しんがりの兵士は、いつの間にか装飾品に戻っていた美しい短剣に心を奪われた。こっそり持って帰るため、手首から先だけになってもまだ柄をガッチリと掴む指をなんとか引き剥がそうとした瞬間のことだ。
 触手のようなものが溢れ出たかと思うと、兵士の掌に潜り込んだ。
痛くも痒くもないどころか何の感触もないのが却って恐ろしく、叫んだ兵士は剣を振り落とそうとした。が、掴む手首からか剣からかどんどん湧き出るそれは、手から腕へ、やがて半身を覆い反対の半身へと潜り込み続ける。

 人間だったものは筋状の凸凹がある丸い物体になった。
引き伸ばされる皮膚が内からの負荷に耐えきれず、袋のように裂ける。
血を纏う破片を撒き散らすと触手のみが残り、それにさらに触手が絡むと毛細血管が浮き出ているように見えた。
 刹那。
 塊がドシャっとほどける。
自由になった触手は壁に潜り地に潜り、地割れを稲光のように走らせながら、一気に土地全体に広がった。

 その時その場にあった、全ての人と物と生物が消えるのに三分強。
以降、その大地には全く草木が生えなくなり生物もいなくなり、あれだけ豊富に採掘されていた貴金属も貴石もいっさい採掘されなくなった。
 そして人々はそこを、「失われた森」と言うようになった。


The sword story 5 / Edition - C

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