繋がる世界と姉の思い

(はなまるさんのSSから。
はなまるさんのイザベラのお話はこちら→ 門外不出の論文と繋がる世界【イザベラSS】


 「…で、本気で大暴れしていつも通りこんな大怪我して帰ってきたと。」
イネスは声に怒気を含みながら、痛がるイザベラにはお構いなしに乱暴に包帯を結ぶ。

本っ当にこの子はもう!

 怒りながら包帯を巻いているのは心配だからだ。
 今はだいぶマシになったとはいえ極度の心配性で、特に家族のこととなるとこの気持ちをどうすればいいかわからなくなる。そのせいか、イネスは心配が怒りになるところがあった。
 イザベラの右腕は赤黒く腫れ上がり、指は本来曲がらない方向に曲がっている。
 ハンサムな七福さんと、世界一の美女オルキスさんの娘なのだ。本当は自分なんかよりずっと可愛いはずなのに、その体は傷だらけだ。綺麗な肌に増える傷を見るたびに、イネスは自分も同じように痛む。仕事が危険なのも心配だ。

 イザベラは昔から危ういところがある子でいつも気になっていた。遊びに行くと聞くと友達と仲良くできてるかどうかこっそり見に行き、学校に行くとなるとちゃんと馴染めているか影から確認した。極めつけは年齢を偽って13girlsで働き出した時で、ルーチェさんのことだから変なことはさせないだろうとは思ったが、どうにも心配すぎて自分も店の厨房でバイトをし続けた。おかげで看護師とキャバクラの厨房という二足の草鞋をかなり長い間履くことになった。
 大変だねと言われることもあったのだが、心配しているのに何もできないより一万倍マシだと思う。2回も家族を失ったのだ。ヴァサラ軍にはあるまじきことかもしれないが、何なら世界が滅びても家族さえ無事なら良いと思っている。

 だがそんな気持ちは全部飲み込み、声をかけた。

「動かない!複雑骨折なんだから!…ったく。で、結局秘薬って何だったの?」
「…気になる?」
 屈託なく聞いてくる。
 本当はイザベラが危険なことに巻き込まれていないか気になるというのが一番の理由なのだが、そうは言わなかった。
「まぁ…一応看護師だから…」
「ん。」
とイザベラから古ぼけた茶色い論文を渡され、思わす吹き出してしまった。
「…っぷ。あはははっ!これは確かに『秘薬』だわ」
「でしょ?んで、あたし達にしか解けない。」
 暗号として渡された点字のようなものを鉛筆でシャカシャカと塗っていく。
そこには『ヤマイの体質→極み、血液→因果関係?投薬はまだ…』と殴り書きされていた。
「メディのお父さんの力。あんなのに渡すわけにはいかんでしょ。この論文がな〜んで都市伝説のお薬なんかね。」
 ジャンニが仲良くしてもらってたなと懐かしく思い出しながら、それとは別に頭を過った言葉を口にした。
「おそらく噂の根源は『あの女』か『あの先生』…」
イザベラは一瞬息が詰まったような苦々しい表情になる。

 やっぱり言わなかった方が良かったかしら。

 後悔するイネスの横で、イザベラは大きなため息をつく。
「それより」と暗い声でイネスに言うので何かと思えば、
「依頼人倒したから報酬なくてさぁ〜!イネスお姉ちゃぁぁん。また仕送り少し…ほんっっっとに少しでいいからぁ…」
と縋って来た。

 イネスは頭を抱えると
「この子はホントに…」
と今日二度目の心の声が、もはや口からこぼれ出てしまった。
「情報屋で成功してる七福さん、酒場で成功してるオルキスさん、ヴァサラ軍で確実に腕を上げてるオルフェを見習ったほうが良いわよ。」
とは言いながら、
「だぁってぇ〜」
と言い訳にもならない言い訳をしようとしている昔と変わらないイザベラに、ちょっと安心したりもする。この子はこれでいいんだよなあと。

 イネスは昔も今も七福のことがとても好きだ。
 どうせ後で皆に怒られるのに子どものイネス相手に本気で論破しようとしたり、ちょっとした悪いことを教えたり、同等の立場で話してくれてるなというのは子どもながらに感じていた。絶対自分の方が正しいはずなのになぜか負けた感じになるのはもちろん悔しかったが、子どもを小さい大人として扱ってくれていたのだと思う。
 この年になると、気持ちを伝えるのがいつまで経ってもほんっとに下手だなと呆れたりもするのだが、きちんと善悪はわかっていて、相手の本当に大事なものは守ってくれる人である信頼はずっと変わらない。
 イザベラは七福と似ている。
すごく優しくて良い子なのに、それを相手にうまく伝えられないところがある。

 などと物思いに耽っていると、イザベラと話していたテリーヌが賄いを作ろうとしてくれているようだ。
 今の一瞬でチョコを食べ切ったのもどうかと思うが、コック服に袖を通しながら
「特盛何丁?」
となぜか特盛基準で言っているので、
「並盛でいいから!!」
と即座に突っ込んでしまった。
「栄養偏らせちゃダメよ!骨折はすぐ治すこと!オルフェも心配してたよ。」
「…はい。」
 しおしおとイザベラが答えた。この子は素直でもあるのだ。

 食べ終わったイザベラが、突如顔を輝かせてイネスを見た。
「時に、イネスお姉ちゃん」
「…時にって…何よその言葉遣い」
こう言う時のイザベラは碌な提案をして来ないのを知っているイネスは、いかにも渋々と返答をする。
 だがそれには全く気づきもせずに、イザベラは何かメモのようなものを見ながらウキウキと言っている。

「モクレンで買い物して取り置きしててさ。『スチームパンク』とか言うファッションが良くて。依頼人まだいたから、その人のお金でみんなの分も買ったよ。お父さんでしょ、お母さんでしょ、イネスお姉ちゃんも。あとメディお姉ちゃん、閃花、カルノ、ルーチェ店長、イリス、ゼラニウム組、ワグリ、メスティン、テリーヌ、特別参謀組、一、深華、鈴音でしょ…」

 果てしなく名前が続く。どう考えても1人で一度に持って帰れる取り置き量じゃない。
 自分だけでなく皆にもお土産を買ってくれるところはイザベラのすごく良いところだ。皆のことが大好きなんだなと思えるところもとても愛らしい。
「…私も手伝うわ…」
だが後先考えないところはとても良くない。

「ちょっと、イザベラ。あなたこれ本当に1人で運べると思ってたの?」
2人で取り置きを運びながら、思わずイネスは聞いてしまう。
「いけると…思いました…」
「ですますで言えばいいってもんじゃないわよ」
 絶対あれだわ。
一つひとつの店で買ったものはそんなに大量じゃなかったから量を甘く見てたんだわ。
しかもスチームパンクというファッションの特性なのだろうか。服1着1着が妙に重い。
 ただ、その服たちを見ながら思うのだ。
「…あら、これ本当にメディに似合いそうね。へえ、これは確かにテリーヌ君の体格を素敵にカバーできそうなデザインだわ」
 皆のことを、本当に良く考えて選んでいる。
「でっしょー」
イザベラがドヤ顔で振り返った。
 どう思ってこれを選んだか嬉しげに語る表情を見ていると、
 こうして妹を助けることができるのも幸せってものね。
と、結局いつもと同じところに落ち着いてしまう。弱い姉である。

 いなくなってはいけないのだ。
とイネスは思う。
 本当の両親や妹だってジャンニだって良い家族だった。けど、今目の前にいなければ、どんなに大変な時でも助けてもらえない。
 思い出だけでは意味がないとは言わない。けど、思い出だけで生きて行けるほど現実は優しくないとも思う。

 だから、私は守るわ。
 手に荷物さえなければ、仁王立ちして天を指差していただろう。
そんな気持ちで宣言する。

 みんな安心して死んでても大丈夫よ。
私は、私と家族を絶対に守ってみせるから。


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