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第十一話

 「誕生日おめでとー」と、3人の声と乾杯のグラス音が重なりあう。
今日は星陽の誕生日ということで、弥幸と満月、千聖の奢りで星陽を囲む会at飲み屋が開かれていた。
「星陽、酒飲むの初めてなのか」
満月が聞くと、
「家族は結構飲むけどな」
と目の前に運ばれたカクテルをしげしげと眺めている。
「エメラルドスプリッツァー。美味しいよ」
星陽にオススメした上で自分も同じものを頼んでいる千聖が、一見スパークリングワインにも見えるカクテルの紹介をした。これはマスカットのリキュールと白ワイン、炭酸を使ったカクテルで、ブドウジュースのように甘い。
案の定一口飲んだ星陽は、
「何これジュースじゃん!うま!」
と喜んでいる。
 お子様口の2人が花より団子とばかり食べ物に一喜一憂している横で、弥幸はピンク髪からもらった誕生日プレゼントを星陽に渡すべきかどうか、片手に焼酎湯割り、片手に薄い本で迷い続けていた。
 ふと思い出しカバンから出した一冊を、塩昆布キャベツの昆布とキャベツの割合を吟味している満月に渡す。
「これもついでにって渡されたよ」
圧倒的な昆布の少なさに味のバランスを諦めた満月は、キャベツを咥えながらそれを受け取った。…途端に、口のキャベツを吹き出した。
「うわ、汚ったないな。もうそのキャベツお前だけで処理しろよ」
「ってこの表紙見せられたら吹くだろ」
 新入部員の弟が絵が上手いのか表紙のクオリティーが格段に上がっている。が、その分18禁感も爆上がりだ。
「な。お前ら実際はそんなこと全然できてないのにな」
「いやBKD部長、千聖になんつーもん咥えさせてんだよ」
 弥幸はざっと目を通していた。千聖っぽい人物と満月っぽい人物が絡むこの本は非常にSM的要素が強く、表紙の人物が咥えているのもそれに類するものだ。
「千聖は天使なんだ。こんな物見せらんねえ」
とか言いながら自分はじっくり読んでいる満月に弥幸は言った。
「千聖も健全な成人男子の1人だと思うけど」
聞くとムッとしたように、満月は弥幸に対抗して来た。
「そういうお前はその本どうすんだよ」
 この前の体育館裏での星陽とのことがガッツリ書かれている。しかもそれなりに良い話だし、2人はこの中の激しいベッドシーンとさして変わらないことをしていたりもする。違うのは受け攻めが途中反転するところくらいで、あとはもう見ていたんじゃないかと思うくらいだ。
 ならもう見せても良いんじゃないかと考えもするのだが、この反転シーンが自分だと思ってしまうとちょっと見せるのに躊躇するものがある。

 2人がそんなやり取りをしている横から星陽の声が聞こえて来た。
「おれの恋人はぁ、やさしーしかっけーし時々ウブで可愛くてー」
と、その後半は呂律が回らず聞き取り不可だ。
見るといつの間にか星陽はビールの中ジョッキを何杯も空けていて、千聖は日本酒を傾けている。
「だってよ、恋人さん」と満月が弥幸を見ると、一瞬で真っ赤になった弥幸は力尽きたように机に伏せた。
 うっわ、レア。こいつこんな顔もするんだ。
「帰ったら抱く…」
呟くように言っている弥幸に気を利かせた満月は、盃片手に星陽を見やると声をかけた。
「星陽ー、弥幸介抱してやれー」
ぽやぽやの星陽がヘラっと笑って答える。
「なんだなんだ弥幸ー。お前酒弱えんだなぁー。よおし、俺に任せろおー」
ゆらりとこっちに来た割には足取りは意外にしっかりしている。
こいつ結構酒強えーぞと思っている満月の側で、弥幸をイスからよいせっと肩に担ぐように立ち上がらせた。
「歩ける、歩けるって!」
急いでイスの背にかけてある自分の鞄を取る弥幸を
「遠慮すんなよおー。恋人同士じゃねーかー」
と、星陽は引きずって帰って行ってしまった。

 …これ、帰ったら本当に弥幸が襲われるんじゃねーか?
2人を見送り自分の手に残された2冊の薄い本を見つめてから、満月は千聖に目をやる。
「仲良いなあ。良いなー」
2人の後ろ姿を同じように見送っていた千聖も、星陽と変わらないポヤポヤレベルだ。
「僕もねえ、満月のこと大好き。ね、満月は?」
何の邪気もない目でニコニコと見つめると満月に言った。
「…え、そりゃ俺だって…」
 弥幸のことは言えないくらい真っ赤になった満月が答えかけた時、電池が切れたように、千聖がコテンと頭を机に預けた。安らかな寝息をたてながら寝入ってしまっている。
大好きだと言いかけた言葉を飲み込み、満月は千聖の髪を撫でた。
 この関係で十分幸せなんだから、その大好きは友愛だと思っていた方が楽だよな。

お惚気星陽くん

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第十二話〜弥幸✖️星陽

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