第十三話
「何でだよケチー!!」
星陽の声が元気に部屋に響いている。
結婚式場のパンフレットを見て以来、撮影現場を見学したいとちょくちょく言って来るのだ。
今までは撮影がないからと聞き流してこれたのだが、もう撮影が始まる時期だった。
マネキンバイトも、何ならメンズコンパニオンのバイトも見学に来て構わない。でもモデルのバイトだけはどうしても来てほしくない。こいつ誰だよな表情や行動は撮影前に仕事用別人格を降臨させるからできるのに、星陽が見てるとなるとどうしても素になってしまうだろう。あとは単純に、格好つけている自分を見られるのが死ぬほど恥ずかしい。
なので星陽の授業時間と重なる撮影日だったのをラッキーと思いながら、弥幸は悠々とモデルバイトに出かけた。
あーあ、今日の弥幸も超かっけーんだろーな。
必須授業の英語で意味不な現代詩を眺めながら、星陽は弥幸のモデル写真ばかり思い出していた。けれどあの雑誌はいつの間にか家からなくなってしまい、どんな写真だったかの記憶も曖昧になりつつある。どうせ昼休憩も1人なので、モヤモヤな気持ちと所在ない時間を埋めるために、星陽は生物学部の中庭に行ってみることにした。
生物学部は動物好きが多い。
家で飼えない動物を大学に連れてきて飼っている学生もいれば、保護動物もたくさんいる。そのため、飼い主の学生たちが餌やりをする昼休憩はモフモフの聖地になるのだった。
星陽が中庭に入ると、良く懐いてくれている白ギツネがいち早くかけて来る。
それに気づき、白黒青と猫に囲まれながら餌をやっていた千聖がこちらを見た。よく見ると頭にシマエナガまでとまっている。
「いらっしゃい星陽。この子たちの予防接種手伝ってくれる話どうなった?」
キツネを足元に纏わり付かせながら、たくさんの学生が餌やりをしている中を分け入って進み千聖の横にしゃがむ。
「それは普通に手伝うけどさ」
と隣に座るキツネを撫でながら言っていると、
「今日は1人?珍しいね」と千聖が聞いて来る。
「弥幸はバイト」
答えた後、ついでに尋ねてみた。
「なあ。バイト先にどうしても来させたくないって何でだと思う?」
「え。何でだろ。暑いとか寒いとか遠いとか?あと、人が多くて危ないとか」
それ満月と千聖基準だろと、聞く相手を間違えたとは思ったが、
「気になるなら行ってみれば?僕なら絶対に行くけど」
と言われた言葉だけは参考になった。
ホテルの場所は分かっているのだ。弥幸のことに比べれば午後の授業なんてどうでも良いので、サボって行ってみることにした。
こいつ相変わらず、撮影中永久に動きながらしゃべってるよな。
ずっと撮ってくれていたカメラマンが引退して、去年から新しいカメラマンになった。この空知という男は結婚式場におよそそぐわないアップテンポの音楽を流し、それに乗りながら動き、話し、こちらにもポーズではなく状況や行動を指示するという撮影をする。
音楽のおかげか疲れを感じない気はするのだが、連続したポーズを撮ってゆくという方法で慣れているので、それっぽいところでつい動きを止めてしまう。
「それじゃ、恋人から婚約者になって今結婚するまでの長い道のり思い出して。あぁいい表情!OK美しい!1番素敵な思い出は何だろう、うっわ情熱的なキスですね。そこからプロポーズ?」
と言われた瞬間に体育館裏が頭を横切った。素の自分が戻ってくる。
「ちょっと待って、一回止めて」
シャッター音が止まり、音楽の音量が下げられた。
「いいですよ。良いのが撮れたんで一旦休憩しましょう。あーでもキスのとこ、途中まですごく良かったんだけど、最後もう少しカメラに顔欲しかったですね」
新婦役は次の衣装に着替えるために結婚式場内に戻り、撮影場所だった屋外には弥幸と空知、現場の道具を動かすための学生スタッフだけが残っている。
「だよな。動きを止めるんだったらできるけど、動き続けてると唇が触れないようにするのに意識がいって難しいんだよ」
「唇外れてたらどこに当たっても良いって感じで思い切っていくのもありかもしれませんね。この、唇の端ぎりぎりの辺り狙うとか」
と自分の口を指して言う。
「それ逆に難しくないか?」
弥幸が言うと、
「さっきのでやってみます?俺携帯で動画自撮りしとくんで。俺とは絶対キスしたくないだろうから、意外と上手く避けられるかもしれませんよ」
空知は新婦役が座っていた椅子に座った。
「それ真理かも。じゃ撮り始めたら言って」
動画を確認し修正することを繰り返していると慣れてきて、撮影用の自分が降臨して来た。
「携帯外してみて」
邪魔なものがない状態で、目の前の相手が人生で一番大事な人間だと思いながら顔を近づける。
終わって顔を離した瞬間、一瞬動きが止まった空知が声を上げた。
「むっちゃ!良いです!!すっごい色っぽくて俺ドキドキしましたよ!!!」
これでいけそうかなと思っている弥幸の目の先で、学生アルバイトが一瞬ざわついた。
弥幸と空知の視線が向けられているのに気づいたバイトリーダーが「すいません、何でもないです」と両手を左右に振る。のと同時くらいに、支度が終わった新婦役が戻って来た。
「撮影再開ですかね。キスシーンだけはもう一回撮りましょうか」
言った空知は、イタズラっぽく笑って続けた。
「さっきのキス、誰のこと考えてたんです?」
まさに星陽のことを思っていた弥幸は、真っ赤になりながらしっしと空知を追い払った。
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