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第三十三話

 メインエントランスからキャラクターの像がある場所までのアーケード。そこからほぼ動かずに時間が経っているのは叶芽と正義だ。
 叶芽は可愛いものが好きなのでここにも何回も来たことがある。遊園地内には入らずキャラクターグッズを売っている外の区域だけに行くこともあるぐらいなので、アーケード内の店で時間を食うのはいつものパターンでもある。なので、開門をする前に、あらかじめ先に行ってもらうように皆には言っておいた。
 ちょうど周年記念でグッズがたくさんあるのだ。お菓子はもちろん、好きなパーツを組み立てて作る置物だとか、キャラカップルが周年記念のコスチュームを着たぬいぐるみなんかもある。こういうところに来るとカチューシャやハットも欲しくなるもので、叶芽は正義を呼んだ。
「正義、正義!」
呼ぶと、レストランメニューのフローズンコレクションをじっくり見ていた正義がやって来る。
「これ可愛くないか?」
周年記念柄のハットを被せてみて、自分は同じ柄の耳がついたカチューシャをしてみる。
近くにあった鏡の前に行き2人で覗いてみると、かなり似合っている気がする。
「正義、帽子すごく似合ってる。何か普通だよ」
と笑う叶芽の言葉を受け、ちょっと被り方を変えて見直したりしながらも
「いや、普通じゃないだろう」
という冷静な返答だ。
「だが、あのぬいぐるみは可愛いな」
ハットとカチューシャと同じ場所にある、周年記念コスチュームのぬいぐるみに目をやった。
 叶芽が住んでいるのは一人暮らし用の六畳一間だ。まさかマンションを買ってしまうと思っていなかったので契約を更新してしまい、来年までは住まないと違約金がかかってしまう。だがこうしたグッズは増える一方なので、場所を取るものだけは正義の家に置いていた。それを正義は本当に丁寧に保管してくれていて、ウォークインクローゼットの一部がまるで可愛い物の祭壇のようになっている。
「でも、あれ以上物が増えると君も困るだろう」
「叶芽のおかげで、ぬいぐるみの可愛さはある程度わかるようになった。今あるぬいぐるみも、それぞれ交代で定期的に虫干ししてるぞ」
自分の被っているハットをきちんと元の場所に戻し、叶芽のカチューシャも他のものと同じように掛け直し、一旦遠目で確認して納得している正義に尋ねてみた。
「物干し竿にでも吊るしてるのかい?」
正義はメガネを上げながら振り返ると言った。
「そんなことをすると可哀想だろう。外に椅子を出して並べるんだ。風で飛ばされて下の階に迷惑をかけてはいけないから、俺も同じ椅子で本を読んだりして注意をしてる。月に2〜3回程度だが、外で作業をするのも気分転換になっていい」
 叶芽の頭に、テーブルの椅子をいくつか出してぬいぐるみと並んで本を読んでいる正義が浮かんだ。きっと几帳面に並べ直したりして、陽が当たる場所も調整しているに違いない。
 その光景があまりにも愛らしくて、叶芽は思わず吹き出してしまった。
突然何だという風にこちらを見る正義に
「それは手を煩わせているな。ありがとう」と答えながら、
 一番可愛いのは正義かもしれないな。
周年記念ぬいぐるみのカップルセットを手に取った叶芽は、そんなことを思いながらレジに向かった。

 メインキャラクターの像の辺りからあまり動けていないのは、家族以外とここに来たことのない天音と久重だ。
 フードコートでとりあえず飲み物を買い、キャラクター像が見える席でマップを広げながら悩むこと約30分強。未だどこに行くか決められていない。
「ここに行きますか?」
「え、天音が行きたい所でいいよ。こことか好きそう」
「あ、面白そうですね。でも久重さんが行きたいところがあるならそこで」
という感じで、お互い譲り合いすぎてその先に進まない。
 急に行くことになったから予習が足りなかったなあ…
久重はしょぼんとマップを見つめる。
 こういう時に、こことここが人気があるよとか、これは並ぶから早く行った方が良いよとか、年上としてカッコ良くリードをしたいのだ。
「ごめんね、天音。僕があまり調べて来なかったもんだから」
久重がしょげながら言うと
「いえ、俺こそ。せっかくの遊園地デートなんだからバシッと久重さんのことリードしたかったのに、なんかテンパっちゃって。こんな恋人、頼りないですよね」
天音もしょげながら言っている。
 久重はそれを聞き、ん?と思った。
 僕たち、2人とも同じことしようとしてた?
久重はクスッと笑い、天音を見た。
「天音、そんなこと考えてくれてたんだ」
「そりゃそうっすよ!やっぱり、その…カッコ良いとか思われたいじゃないですか」
ちょっと赤くなり、目を逸らしながら答える。
「僕もそう思ってたんだ。嬉しいな」
言って笑ってしまった久重に、つられたように天音も笑う。
ひとしきり2人で笑った後
「あの!」
と天音が言った。
「俺、久重さんと一緒だったら、失敗しても迷っても楽しいと思って。だからもう、地図なんか見ずに行きませんか?」
「そうだね」
久重は広げていた地図をたたんでカバンに入れた。
「じゃ、まずあっち辺に」
そして天音が指差す方へ、何があるかわからないまま向かうことにした。

遊園地天音くんと久重くん(byロロたんめん様)

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第三十四話〜満月✖️千聖、床伏先生

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