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第九話

「いや、ちょっと待ってマジウケる。ほぼヤクザの襲名式じゃん」
自分が袴を着せたくせに、星陽が弥幸を見てはケタケタと笑っている。
「だーかーらー言っただろ。袴似合わないって。最初からお前が着とけばいいんだよ」
実家に住んでいた去年までは、初詣の待ち合わせに星陽はいつも袴を着て来ていた。
「これ、結婚式に和装はナシだな。でもお前サイズの洋装ってあんのかな。せっかく知り合いに神社の息子がいるのになあ」
ごく普通に結婚の話になりドキリとする弥幸の内心には気づかず星陽は続ける。
「あー、いや。今年は着ねーよ。この夜中から初詣行くのに寒みーもん」
弥幸の袴を脱がしながら星陽はホクホクと嬉しそうだ。
「年越し初詣行けるのも一緒に暮らしてる醍醐味だよな」
実家にどう言い訳をしたのか、年末年始を星陽と過ごせるのだ。星陽はそれをクリスマス以上に楽しみにしており、夜に寺町まで行き、幾つもある神社を巡るこの晦日詣と初詣を特に楽しみにしていた。

 「こんなんなってるのか」
大晦日の寺町の賑わいに、弥幸が驚いて呟く。
「すごいだろ?」
星陽はまるで自分の手柄のように誇らしくなった。
 そうなのだ。
31日の夜から1日の初日の出まで、寺町はとても賑やかになる。まるで祭りのような人出があり、歩道沿いにはたくさん屋台も出る。時々家族で来ることがあったのだが、やはり夜中だからかカップルが多く、同棲を始めたら一緒に来たいなと星陽はずっと思っていた。
 星陽はそれまでしていた手袋を外し、弥幸と手を繋いだ。その2人分の手を自分のコートのポケットに入れてから歩き出した。

 待て待て待て。むちゃくちゃ可愛いことしてくれてないか?
ポケットの中で繋がれた手に感動しながら引っ張られるままに移動しているのだが、人が多い大きい神社の方に行くのかと思いきや、少し人がまばらな、寺が多いエリアに向かっている。
大通りから緩い上り坂になっている細い道に入ると、並んだ行燈がほのかな光で導いていく先に階段があり、その先が寺という場所に来た。カップルがパラパラとしかいないそこは薄暗く静かで、行燈がない場所では月明かりだけに、行燈がある場所ではその柔らかい光に照らされて、星陽の整った横顔が弥幸だけに見える。
 ポケットの中の手が熱かった。自分の手が汗ばんでいないか心配になる。
行燈の光にも引っかからないくらいの背丈で本当に良かったと思う。おかげで顔がずっと赤らんでいることに気づかれずに済む。
 階段を登り切ったところでパッと手を離し、星陽は弾むように寺の門をくぐった。
ずっとあのままでいても良かったんだけどなと、包まれていた体温が急に消えた手を所在なく自分のコートに突っ込んでいると、早く早くと手招きをする星陽がいる。
寺の境内はそう広くはないのだが、テントの中で焚き火がされている一角がある。そこでは毛糸の帽子を被った褐色肌の女性が温かい甘酒を振る舞っていた。


 甘酒を2人分もらい振り返ると、そこにいたはずの弥幸がいない。
「お兄さん、買いたいもんあったら声かけろよ。寺で時々姿を見れる幸運の白梟のグッズが人気だよ」
と甘酒を配りながら女性が声をかけた方を見ると、弥幸がやけにじっくりと売り物を観察していた。
 黒いアラジンパンツと、ちょっと羽織のようにも見える特徴がある形のコートを着ているのだが、悪目立ちしそうなその服を完璧に着こなしている。人並外れた背の高さとバランスの良い体格のせいだろうか、灯りが少ない境内も相まって本当に雰囲気があった。
 見とれすぎて両手の甘酒を落としそうになったのを何とか持ち直し弥幸の元へ行くと、白梟の由来をサングラスを外してまで熱心に読んでいる。
 さらに可愛いかよ!
100枚くらい写真を撮りたいところだが、手が空いてないのは仕方がないので、数十秒見てその姿を頭に焼き付けてから声をかけた。
この男が自分だけのものだという優越感たるや半端ない。

 最後に一番大きくて賑わっている神社に案内され、その神社名を見て弥幸は気づいた。
 ここ満月の神社か?
まさかこんな大きな神社の坊ちゃんだとは思っていなかった。あいつピアスしてバンド活動してる場合じゃないだろ。もっと真面目に神道勉強しろ。
神主や巫女が参拝客を整理しているのに従って歩いていると、受付兼お守り売り場に見慣れた人物を発見した。
「えー、お前嘘じゃん」
と遠慮なく言う星陽に、しーっと指を立てて応じているのは寺の息子のはずの千聖だ。
「満月が手伝いに来てくれって言うから」
しかも売り場は部屋になっていてしっかり暖房も効いているらしいのに、せっかく着ている白い着物と水色の袴がほぼ見えないくらいのゴツい上着を着ている。
「お前エスキモーかよ」
突っ込んでいると、どこからともなくやってきた満月が売り場の入り口のドアを開けながら言った。
「千聖は風邪ひきやすいからそれでいいんだよ」
とは言え千聖自身も結構暑そうで、顔もほてっている。
「普通はここ巫女さんなんだけどね。人員整理の手伝いするつもりでこれ着てきたら、寒い中ずっと立ってるなんてとんでもないって満月にここに回されちゃって。華がなくて本当に申し訳ないよ」
 満月に上着脱ぐなとか言われてんだろうな、これ。汗かいて逆に風邪ひくパターンだろ。
こいつら年末年始も変わらないなと思いつつ人波に戻ろうとした弥幸を、千聖が引き留めた。
コソコソっと言ってくる。
「ね、ついに2人の仲が進んだんでしょ。星陽が前より可愛くて色っぽくなってる」
「…は?…ちょ、おま…っ、新年からなに言ってんだよ」
真っ赤になった弥幸を見てふふと笑うと、手元の箱から今年のお守りを2つ取って弥幸の手の中に押し付けた。
「持って行って。おめでとう。多分…満月の奢り」
と満月に視線をやる。
いいよと言うふうに手がしっしと振られるのを見ると、千聖は嬉しげに続けた。
「今度ウチの寺にも来て。見ると幸せになれるっていう白梟がいて、僕が呼んだら来てくれるから。2人で見に来てよ」

 白梟?なんか知ってるワードだなと思っていた弥幸だったが、最初に行った寺で聞いたということを思い出した。じゃあ、あれは千聖ん家だったのか。とすると、あの女は千聖の関係者か何かだな。とは思ったのだが、そんなことより今考えなければならないのは、星陽が前より可愛く色っぽくなったという情報の方だ。
これは今まで以上に星陽に寄ってくる虫が増えるということではないか。
 弥幸と今年も仲良く元気に過ごせますようにと賽銭箱に5円を入れる星陽の横で、星陽に近づく虫たちを全て撃退できますようにとそっと弥幸は1万円を入れるのだった。


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第十話〜弥幸✖️星陽

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