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第三十五話

 アルコール類のある海側の遊園地にいるのは空知と愛和だ。呑んではアトラクションに並ぶを永久に繰り返している。
 待ち時間のおかげで、ある程度酔いが醒めてから乗れるのがちょうど良い。アトラクションが終われば出口から一番近いアルコール売り場に向かう。そこで呑んだりテイクアウトをしたりして、適当なアトラクションがあればまた並ぶ。

 愛和は湖を囲む塀に寄りかかりながら、写真を撮っている空知を見ていた。自分がいる場所は橋の下の休憩所で陰なのだが、空知のいる場所はガンガンに陽が照っている。真夏の日光の下にいる時間など0.1秒でも削りたいところなのに、本当によくやる。
「景色が整いすぎてるから、公募に出すような写真は逆にムズイな」
いつの間にか視界から消えていた空知が愛和の元に戻って来た。渡されたカクテルを一口呑むと、撮った写真を確認し出す。
 愛和はその真剣な横顔をじっと見ていた。
 空知と来たのは初めてなのだが、この遊園地自体はデートで何回も来たことがある。愛和は美味しい物を食べるのが好きで並ぶのが嫌いだ。それを悪い方向で満たすイメージがあるので、ここは正直あまり好きじゃない。
 今日もタダ券があるという理由だけで来た。だがカップルの多くがこの遊園地に来ることを、今、何となく理解できている。
 空知を焦点として景色を見ているので、その他は「なんか壁」「なんか湖」「なんか人」「なんか乗った」くらいだ。なので今日の愛和の記憶にも、いろいろな空知といろいろな酒しか残らないだろう。
でもそれで良いのだと思う。自分は多分、それをしに来たのだ。
 そういや空知が写真撮ってるから、放っとかれている時間も割と長いんだよな。
なのにそんな気がしないのは不思議だなと思った時、愛和は気づいた。
 ああ、そうか。
 側にいなくても大丈夫なぐらい、俺の中が空知でいっぱいなのか。

 写真をチェックしている空知の胴に、横から愛和が抱きついてきた。 
「何?」
いらない写真を消していた空知は、カメラ背面から視線を外して愛和を見る。
「あ、気にしないで。つい愛が溢れちゃっただけだから」
言われた空知はちょっと呆れた顔になる。そして微笑むと、またカメラ背面に視線を戻した。


 遊園地を一番正しく楽しんでいるのは弥幸と星陽だろう。
「待ち時間減った!よし!行こうぜ弥幸」
 遊園地のアプリを大活躍させ、星陽はちょくちょく待ち時間をチェックしている。弥幸はただ言われるままについて行くだけだ。

 それにしても、星陽にこんな計画性があったのかと弥幸は驚いている。
 開門後すぐに人が並びやすいアトラクションに急ぎ、その十数分の待ち時間で周年記念のパスを予約した。おかげでそのパスが指定する15個弱の人気アトラクションにかなり短い待ち時間で入れ、だいぶ時間の節約ができた。
 昼食は期間限定のランチだったのだが、最短の経路でアトラクションに乗っていた、その出口から近いところにある目当ての店に待たずに入れた。連れ回されている割には急かされている感じも全くしない。これが生徒会副会長をしていた実力という物なのだろうか。
 パレードを最前列で見れる場所も確保でき、弥幸と星陽は期間限定ドリンクを啜りながら待機している。少し遠い斜向かいに叶芽と正義、その隣に満月と千聖もいて、星陽がそれに手を振ってから言った。
「あいつらも見るんだったら、もう少し大きく場所取っとくんだったなあ」
光る周年記念バケットを首から下げ、ポップコーンをつまんでいる。
「星陽、今日すごかったな」
言った弥幸を、およ?と言うようにドヤ顔で見上げた。
「感心したか?」
「したよ。ホントに感心した」
星陽は満面の笑みを見せると、両掌を自分に向け来い来いというような仕草をした。
「ここでキスは無理だぞ」
言うと、持っていたポップコーンを弥幸の口に詰める。
「じゃなくて!褒めろって言ってんだよ」
詰められたポップコーンを飲み込みながら弥幸はちょっと考える。
「さすが元副会長」「デキる男」「天才」「遊園地マスター」
色々言ってみるが、どうも違うらしい。
「なんでスッと出て来ねーんだよ。空知にはすぐ言ってたくせに」
そう言われて、花火大会の時を思い出した。
「カッコいい」
弥幸が言うと、勝ち誇った笑みで言った。
「空知より?」
そうだと言ってやりたかったのだが、だから大好きなゲームの時間を削ってたのかと思うと、我慢できずに吹き出してしまった。
 あれは、カッコいいというたった一言を言ってもらうための頑張りだったのか。
「は⁈ 何その笑い!」
星陽は憤慨しているが、ちょっと待ってもらわないと笑いが収まりそうにない。
 悪い、星陽。
 カッコ良いというより、ただひたすら可愛い。


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第三十六話〜全CP

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