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② 七福

容姿:うるさいくらいの水色の髪と真っ赤な瞳。左目に大きな傷。
職業:情報屋(情報料が法外)
水刃式:ターコイズブルー(お金が出てきたりもする)
極み:運の極み(他人から運気を吸い取って運を良くする)

相棒は猫のソラ(人型にもなる)、パートナーはオルキス。「自由」が信条。誰とでも仲良くなれる。極みは垂れ流し状態で常に運が良い。女癖が悪い。刀と銃を使う。
(@はなまる様


 家から出たジャンニは、手に持った紙片を改めて眺めていた。街は開店準備中の店が多く、朝独特の活気がある。
 店員が店前を掃いているのを見ながら、そういえば煮込み用の黒豆を買っておかなければと思い出した。ここ辺の人が使う種類ではないので、早めに探しておかないとストックがなくなってしまう。

 そんなことを考えながら歩いていると「にゃー」と猫の声が聞こえた。ふわりとした感触と共に、リボンをした黒猫が足元に擦り寄って来る。
「やあ、ソラ」
しゃがみ込んでロザリオで遊ばせていると、どこからともなく声がした。
「ツケたまってんよ」

 いつも通りのセリフに思わず口元が緩む。これは、おはようとかこんにちはとか、そういう類の挨拶であるとのジャンニの中での解釈だ。なぜならツケは、厳密にはジャンニではなく、ジャンニを通して依頼したヴァサラ軍のツケだからだ。
 ソラが地面を蹴り、器用に相棒の肩に乗る。それを見送りつつ立ち上がると、そこに一際目立つ水色の髪を持つ、目当ての情報屋を見つけた。七福だ。
「仕事に行った時には一応経理にも声かけてるよ。情報料が高すぎて金の工面に困ってるんじゃないか」
パートナーのオルキスに既に支払われている可能性もあるが。
 まあ正直、ジャンニ自体もあまり真面目に経理に訴えているとは言えない。これだけツケを払えと言って来るくせに、この男は、少なくともジャンニやヴァサラ軍には無理な取り立てはしないのだ。このまま行くと普通に踏み倒せそうな気がする。

 やる気がなさそうにゆらりとこちらに来た七福に、ジャンニは先ほど手で弄んでいた紙片を渡した。
「私のところに罪の告白をしに来た人間が、約束の日にカウンセリングに来なかった。内容が内容だっただけに気になってる。情報が欲しい」
 渡された紙片を色々な角度から、ためつすがめつ見ていた七福は、ジャンニに視線を移した。
「…お前の依頼?」
「私の依頼だよ」
答えると、紙片をポケットにねじ込みながら答えた。
「…ん、オッケー」
ソラが肩から下りると、来た時と同じような歩き方で前を歩き出した。

「行く場所がわかってるのか?」
右手に抱えたソラと一緒に、開店直後の店内を覗く七福に声をかける。
「んあ?…ああ。わからんよ」
と言いながら店内に入る。
 食料も売っている小売店だったのでソラと外で待っていると、出てきた七福は揚げたてのピロシキのような物が入った袋と、口を閉じた茶色クラフト紙の袋を持っている。
「ん」
と渡すので中を見ると、見かけたら買おうと思っていた黒豆だ。
「間違って買ったんとよ」
「…ああ、ありがとう」
受け取りながら、これは程なく目的の場所に着きそうだなと思う。七福の幸運は問題なく作用しているようだ。
「…これ2つもいらんのよな」
 おそらくサービスかなんかで余分にもらったのだろう。食べる?というように見てくるが、今日は朝食も食べて来たし、朝から揚げ物はさすがに入らない。
 手でいらないのジェスチャーをしたのを見た七福がはたと前方に目をやった。そこにいる人物に足早に駆け寄ると少し話をしてピロシキを一つ分けている。相手が去ると、こっちを向いて手招きをした。
 行ってみると、いくつか数字が書いてあるメモを持っている。
「ちょっと用事頼まれたんよ。俺は行くけど、どうする?」
 七福が持つもの、偶然引き連れてきたもの全てには、「なにか良いこと」がある。
「一緒に行くよ」
 当然そう答えた。

 「パン代くらいの仕事にはなるらしいんよな」
足の向くままに歩いているのをみると、よく知った道なのだろう。だんだん道が狭くなり住宅街になってゆく。やがて一軒の前に足を止めると、門柱も柵もない庭を自分の家のごとく入って行った。ノックもせずにドアを開けたが、瞬間固まる。追いついたジャンニも中を見た。
 キッチンとテーブルしかないシンプルな居間に、壁に寄りかかるようにして女性が倒れている。ドアが開いたままの奥の部屋にも書き物机に突っ伏した男性がいた。

 ソラと七福が奥の男性の方へ行ったので、ジャンニは女性の元へゆく。頭からの出血はあるが、それは固まっていて息はあった。
「夢の極み『oblivio beatitude』」
女性の手に触れ、ロザリオを持って詠唱すると目の前に本が浮かぶ。だが、閉じかけた状態で鍵もあり、中が見えない。
 ジャンニの極みは生きている人間にしか使えない。死んだ人間だと、本は鍵がかかった状態で出てきて中が読めないのだ。
 これは…早く病院へ連れて行かないとマズいな。

 思っていると、足元に紙幣を咥えてソラが来た。
最初に七福に見せたものは裏が印刷されていないものだったが、これはちゃんと裏表がある。
「偽札だよ」
真剣な口調の七福の声が奥の部屋から聞こえる。
「最近、良くできた偽札が出回ってて、それが本当に良くできてるもんで偽札とも断言できなかった。…そりゃそうだわな。こいつ紙幣の版木を彫るかもしれなかった男だかんな」
大きなため息をつき、ボソッと呟いた。
「…遅かったなぁ…」
その言い方は悲痛で、この版画家が七福の知り合いであったことを物語っていた。

 版画家も殴られた跡はあったが死んではいなかった。メモをジャンニに渡しながら、七福が言う。
「どの店で何枚使ったかのメモだな、そりゃ。…数見りゃわかんだろ。これで儲けようってつもりじゃないの」
 確かに、日付の下に書かれている数字は全て5枚以下で、使った店も3軒ほどだ。
「…自分が選ばれなかったの悔しがってたからな。試したかったんだよ。自分の腕がどれだけ通用するか」
 偽札が出回っていた時点で、おそらく七福には、この男がやってるんじゃないかとアテがついていたのだろう。だから最初に、ジャンニの依頼かどうか確認したに違いない。
 ふと真剣な横顔になった七福が続けた。
「けど、この偽札を盗んで行った奴は問題だな」

「んで、お前はどうなん?」
急に聞かれたジャンニは声の方を見る。いつもの顔に戻った七福が言った。
「探してんの、こいつらか?」
「…いや、違う」
 ジャンニが気になっているのは少女だ。この二人ではない。
ふうん。
と、宙を見て何かを考えていた七福が言った。
「13Girlsに行くと、何かわかんかもな」
 うわ、あそこか…
とジャンニが思っているのがわかったのだろう
「ま、牧師一人で行かせんのも気が引けるけど」
と続ける。
「気が引けるどころじゃないよ。一人で行ったことがバレた日には、死ぬほど言い訳しても一気に信用失墜だろ」
 仕方ない。七福が言うのならそこに行くしかないのだろうが。
ニヤッと笑った七福が言う。
「悪ぃね。前だったら喜んで一緒に行ってっけどね」
ジャンニは、はあっと息をつき、こめかみを押さえながら答える。
「いや分かるよ。大丈夫だ。オルキスのことは私も良く知ってる」
それと、と、少し声を落とした七福が続ける。
「ここのことはこっちで処理するから…」
言いかけた言葉を手で遮り、ジャンニは言った。
「それも大丈夫だ。クライエントの守秘義務には慣れてる」
安心したように表情を崩した七福が言った。
「金はまけとくよ」
「そこは普通はタダになるんじゃないのか?」
思わず声を上げて笑ってしまいながら、ジャンニは思う。
 やっぱりこの男好きだなあ。
「まあツケとくけどね。時々会いたいから、また取り立てに来てくれ」

 七福を置いて部屋を出ながら、ふとジャンニは思った。
自由が信条のこいつも、パートナーのことを気にしてやらない事というのが出て来たんだな。
 そして、聞いてみたくなった。
「七福。君の中で『自由』の定義は変わったかい?」


(はなまるさんのお答えから)

 それを一番に聞くのがお前か。
七福は心中突っ込んだ。
 そんで、そういう聞き方か。

 確かに、以前の七福なら思っていた。
固定の恋人だって足枷なのに、結婚と自由が相入れるわけがない。

 その時の自分に言ってやりたい。
お前のちっぽけな判断基準なんてくだらない。
自分に都合の良いトコで放棄せず、ちゃんと考えろ。

 本当に必要で大事なものは増える。
 愛だって自由だって増える。
 切り取って分けてる気になってしまうなら、それは相手が合ってないだけだ。
変えることができるもののために、自分に必要で大事なものを過小評価するな。

「お前もついに信念を曲げて守りに入ったな」
「結局は綺麗な女には美学を捨てるんじゃねえか」
 いつか誰かに言われるだろうとは思っていた。
そして、そう言われても何も答えるつもりはなかった。
 自分の優先順位が本当は何なのか、求めているものは何か。ましてやオルキスがそれにどれだけ適っているかを伝えたところで、彼女の価値を貶めるだけだ。

 でもそんな聞き方をするか。
そんなの答えるしかないだろ。

「定義自体は一切合切変わらんし、俺は一生誰にも縛られちゃいない。ただ、その定義を共有したいやつが一人増えただけ。1から2になったってこと。んでもってそれが幸せでたまらんのよ。『大好きな人が家族にいる』って自由を得たら、いよいよ一人になんて戻れんから。惚れた弱み?」

 本当はこういうことを、どこででも話せれば良い。話したい気持ちだってある。
けれど照れが先立って結局できない。
 今もつい話しすぎたと思い、付け足してしまった。

「いや、今のは無し。聞かなかったことで」

 目の前で頷きながらニコニコと聞いていたジャンニが言う。
「何でだよ、無茶苦茶いい事言ってるのに。ちょっと聞かなかったことにはできないな」
 何でコイツが嬉しそうなんだよと思っていると、からかうように笑って続けた。
「まあ誰にも話しはしないよ。これも守秘義務かな」
 むっちゃ守秘義務!
七福は大きく頷いた。
 嫁が大好きなのがバレて恥ずかしいのは、ここだけで良い。

 こいつが現役時代にはあまり接する機会がなかった。兵舎があるのにスラム街に住むなんて物好きだなくらいは思っていた。
 自分には一生必要ないと思うのでカウンセラーなんて職業いるのかなとも思っていたし、牧師と聞くだけで固くて説教くさい気しかせず、話をする気の半分は失せると言うものだ。

 しかしこいつが退役して非常勤になってから、軍の依頼の仲介などで話しだした。そして、当たり前のことに気づいている。
 牧師も人間なんだな
普通に人間味があって、しっかりと傷ついている部分もある。

 今となっては、そういえば牧師だったなとたまに思い出すことがあるくらいだ。
喋ると面白いやつだとも思う。


 …けどなあ。

 全然お金返さないんだよな、コイツ…

 わざと返さないとかマジやめろ。
 商売敵かお前。


③ルーチェ

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