第三十話
「綺麗だねえ」
弥幸と星陽が送ってきた、花火の写真と動画を見ている千聖はニコニコだ。満月と千聖は、タブレットで花火を鑑賞しながら晩酌をしていた。
今日は千聖の部屋だ。2人の徳利に酒を補充すると、サンドラは寺の巡り廊下に行ってしまった。昔はここからも花火が見え、旦那とよく見ていたそうだ。
千聖が花火大会を見に行きたがっているのを満月は知っている。だが人の多さを考えると連れて行く気になれない。花火を見せてやりたい気持ちはずっとあったので、花火大会に行くという2人に写真や動画を送ってもらったのだ。
「ホテルからだったら、花火よく見えるのかな」
千聖がふと言う。
そういえば、弥幸と星陽はホテルのイベントを使って飲んで帰ると言っていた。港から近いし、イベント協賛するくらいだから花火も見えそうだ。
「見えるんじゃないかな」
言いながら、それなら泊まりで見るっていう手もあるんだなと気づく。
つい心配なのが先立って、千聖が行きたいとかやりたいとか言うことを止めがちな満月なのだが、やり方によってはできることも多いのではないだろうか。
そうか、車運転できればいいのか。
そうすれば、だいぶ千聖の希望に添えることが増える気がする。
あの弥幸も公認会計士の勉強をし出しているのだ。付き合い出したんだから、もう少し将来のことも考えなきゃなと思う満月だ。
緊張したけど誘えて良かった…。
久重は、睡陽と天音と窓越しの花火を見ながら思う。
睡陽と二人暮らしの家は結構高層階にあり、高く上がる花火なら建物と建物の間から見える。
天音は部活とバイトで忙しい苦学生で、なかなか学外で会うこともできない。だが夏休みは朝から夕方までのバイトになるようで、花火大会の始まる時間くらいには会えそうだった。
いきなり外デートとなると、年上の自分がリードしなければならないだろう。だがスムーズに案内するにはまだデートコースの勉強と予習が不十分だ。そこで、まず家に誘ってみた。幸いにも2人暮らしなので保護者がいる家に来ているという雰囲気もあり、天音も来やすいだろうという算段だ。
大量にあるデートコース勉強用の雑誌や薄い本は睡陽のベッド下に隠させてもらった。居間にあるBKD同人は無理矢理本棚に詰め込み、いかにもインテリアですよという感じの布をかけた。
睡陽もいるので話が途切れることもなく、ここまで和やかに進んだ。万事順調だ。
…と思っていたところで、1つ問題が浮上してきた。
「よし、オッケー」
睡陽がメールを送っている。花火を背景に、天音と久重と共に自撮りをした写真だ。すぐに来た返信に何やらブツブツ言っている。
「やはり同人ネタとしては、花火だけでなく弥星の…」
という睡陽の言葉に重ねるように
「そういえば睡陽、ケーキ買ったって言ってたよね!!」
久重は言った。
「冷蔵庫に入れてるけど。…あ、ケーキと言えばケーキバースで…」
「やだな、バースデーケーキじゃないよね!!」
専門用語のあたりに重ねて言った久重があははと笑って誤魔化す。
酔った睡陽がBLネタを話し出したのだ。
「早く食べないと天音帰る時間になっちゃうから!持って来ようか!」
これは早く天音に帰ってもらわないとヤバいかもしれないと思いながら、久重は睡陽を冷蔵庫の前まで引きずって行った。
「ほら!早く!」
病院からやたら急かされ、何が何だかわからないままに叶芽に連れてこられたのは正義の家だ。
「俺の家じゃないか。何をそんなに急いでるんだ」
何も言わずついて来たが、目的地が自分の家だなんて、さすがに正義も尋ねざるを得ない。
勝手知ったる他人の家で、叶芽は素早く鍵を開け玄関に上がると、居間へ続くドアを開けた。
「やっぱり君はカーテンを閉めて出掛けてるのか」
「家に帰る時間が遅いんだ。閉めておかなきゃ不用心だろう」
叶芽は振り返って微笑んだ。
「だから気づかなかったんだな」
言うと、ベランダへ出られる窓のカーテンを開け放つ。
瞬間、空に花火が咲いた。
「ここから花火が見られたのか…」
窓をいっぱいに開けながら叶芽が言う。
「窓の方向からすると見えるはずだと思ってたんだ。ほら、正義。そっち持って」
言われるままに一方を持つと、窓からソファを出しだした。
「まさかこんな時間まで病院で入院患者を回ってるとは思わなかったよ。やっぱり君に関する僕の勘は当たるな。間に合わなかったら、せっかく買って来たものが全部無駄になる所だった」
ソファを出し終わると「次はこっちだ」と冷蔵庫を開ける。
モデルルームそのままの家電なので、冷蔵庫の大きさは4人家族分くらいだ。そこにいっぱいにオードブルや酒が入っている。
「これ全部は処理できないぞ」
「欲しいものがないより良いだろ」
機嫌良さげに中身を出してゆく叶芽を見ながら正義はため息をつき、それからちょっと笑った。
…こいつは楽しいことや面白いことが無限に出てくるオモチャ箱のようだな。
「叶芽」
正義の呼びかけに叶芽が振り向く。
「お前のことが本当に好きだ」
日常会話のように正義は言い、スパークリングワインとオードブルの一つをベランダのソファに運ぶ。
「これは2人座るなら、あと皿1つくらいが限度だぞ。残りは部屋の机に置いとくか?」
「そうだね、ソファの机にでも置いとくよ」
答えてから、叶芽は1人微笑み、呟いた。
「全く、正義。君、そういうとこだよ」
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