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⑤ワグリ

年齢:28歳(18歳から入隊)
性別:男
容姿;緑髪の天然パーマ(着物を着たり洋服を着たりする)
所属:二番隊
居住:ヴァサラ軍隊員宿舎(広めの1LDKで暖炉有)
極み:甘(かん)の極み
オーラ:緑/ピンク(桜餅?)
シフト責任者(人事部勤怠管理部門)

 甘いものなら和洋問わず好き。自分に甘く、人に甘くがモットー。穏やかな性格の平和主義者で敵とも話し合おうとするぐらいだが、利己的で非人道的な人間が嫌いで、本気で戦うととても強い。誰とでも仲良くなれる。自分より人の心配をするタイプで、皆の相談役として頼りにされている。趣味はショッピングやカフェ巡り。家でまったりするのも好きで、来客も基本ウェルカム。
 レッサーパンダの獣人であるフウカが同居している。(普段は9歳くらいの少女の姿で、リンゴが好き)たまにフウカと昼寝したりしている。
(@ワグリ様)


 結局一泊入院させてもらい、ついでに診察もしてもらったジャンニは調子も戻り、帰る途中に軍の売店に寄ってみた。普段は街中で買い物を済ますのだが、ここも、たまに寄ると珍しいものがある。
 一度にたくさんは食べられなくなってから、少しずつ何回かに分けて食べることにしたところ、以前より甘いものを食べる機会が増えた。世間での、スイーツの種類の多さと新作が出る速さはびっくりするものがあり、楽しみが増えた気がする。
 そろそろ暑くなってくるよなと店内の冷蔵庫を見ていると、妙に豪華な、ケーキのようなアイスのようなものがある。
 ビエネッタ…?
 アイスなのかケーキなのかどちらでもない物なのか非常に気になる。だがシュトーレン1つ分もありそうなそれは、1人で消費するにはあまりにも大きい。
買うべきかどうか迷いながら眺めていて、ふと思い出した。
 そういえばスイーツ好きがいたな。

 今日は休日だし、当番でなければ宿舎にいるかな。
いなかった時のことを考え、大量に氷を詰めてもらい、ワグリのところに向かった。

 いつまでどう働けるかわからない身体になったと知った時点で、人事部の勤怠管理部門にまず行った。ほとんど退役をするつもりだったのだが、全ての話を聞いたワグリは、ごくあっさりと言った。
「了解しました。シフトは何とでもなりますので、その都度お伝えください」
 応対している背後では机間を人が行き交い電信をいくつも送り、どう見ても〝何とでもなる〟という状況には見えなかった。だが、〝何とかするので〟と言わないその言い方はとても優しいとジャンニは思った。

 ハズキと連絡をとりながら作ってくれるシフトは派遣任務と軍内任務、休日の組み込み方が本当に絶妙だった。自分が元気だった時には気づかなかったこんな配慮を、おそらく隊員全てにしているであろうことを思うと、いつでも勤怠管理部が忙しそうなのが良く理解できた。
 それでも薬でコントロールできていなかった最初の一年くらいは、クビを申し渡されても仕方ないくらい当日欠勤を繰り返した。だがどんな言葉端にも、ただの一度も、そのことについて言及することはなかったし、嫌な顔ひとつせずシフトの調整をしてくれた。自分がギリギリまで働け今も働くことができているのは、ひとえにワグリを中心とするシフト管理の隊員達のおかげだ。

 ワグリはあれだけたくさんいる隊員の状況を概ね把握していて入院すれば必ず顔を出してくれ、休みが続けば訪ねにも来てくれた。そこには仕事とは関係ない本人自身の同情心や人間愛を感じ、この青年が自分より10歳近く年下であるなんてとても信じられなかった。

 合同官舎の横を抜けると奥には一軒ずつ別棟になっている官舎がある。その中の1つの開けっぱなしの窓を覗くと、まさに今フウカと昼寝をしようとしていたワグリがいた。
「今から休むところだった?珍しいスイーツがあったから一緒に食べようと思って持って来たんだけど」
 スイーツと聞くといち早くフウカが反応して窓辺に来た。それに続き、ワグリがゆったりとやって来る。
「あ〜ジャンニさん!来てくれたんですね〜!全然大丈夫です。玄関に回ってください」

 玄関に回ると、
「ジャンニ〜」
とフウカがパタパタやって来て袋の中を覗くので、袋を渡す。
「ワグリ〜、あけていい?」
偉いことに、きちんと確認を取っている。
「いいよ。向こうの机でね」
 大きく頷き鼻息も荒く机に持って行く。机によじ登らんとする勢いで袋の中身を出すと、残った氷につめたーとキャッキャしている。
 その姿を少し確認するとこちらを向き、着物の袖に両腕を隠す形の腕組みをしながら言った。
「…何かありました?」
およそ極み持ちの隊員とは思えないメガネの青年は、柔和な笑顔で続けた。
「早退を伝えに来る時の感じに、ちょっと似てます」
 しかし、その答えを言う前に背後で陶器と金属の音がして、振り返ったワグリは焦ってテーブルの元へ走って行ってしまった。

 テーブルでは、ビエネッタを皿に出したフウカがフォークで分けようと目下奮闘中だ。
「フウカ、よくそれ見つけたね」
と、ワグリはフウカが自力で皿とフォークを見つけて来たことに感心している。
 ひだ状のアイスが3段に重ねられチョコレートがかけられた長方形のケーキは、アイスとチョコがミルフィーユ状になっている断面を見せながら若干溶けかけていた。
 3センチ幅くらいの二切れと、ほぼ半分くらいの一切れがあり、
「切ってくれたんだね、ありがとう。どれを食べればいいかな?」
聞いてみると、
「これがワグリでこれがジャンニ。これはフウカの〜」
と半分の物は自分用のようだ。
「フウカ、それ全部食べれる?」
ワグリの問いに目を輝かせてブンブンと頷く。
「無理だろうなあ」
言って笑ったワグリは
「そうだ、お茶入れますね。ケーキがあるのにお茶がないなんてあり得ないよ」
とキッチンに消えてゆく。
 しばらくすると、和式とも洋式とも言えないカップとポットにチョコレートの香りのする紅茶を淹れてきて、フウカの前にはリンゴジュースを置く。
 …このティーセットはおしゃれなのだろうか…?
 白磁に描いてある、そう可愛いわけでもない唐絵の人物画をしみじみと見ているジャン二の向かいでは、真剣な表情でビエネッタを味わうワグリがいた。

 あの時自分が少女を送っていれば、もっと気にして家を見に行っていれば。
思うたびに、小さな重りが一つずつ心に沈む。何か食べないといけないとは思うのだが、「食事」という形の物が昨日から喉を通らない。
 食べられるか不安だったのでまず紅茶を一口飲むと、甘い香りと紅茶の温かさが喉の強張りを解く。一口食べると、バニラアイスとチョコレートが溶けてほぐれ、甘みが自然と喉を通って行った。

 リンゴジュースに興味が移ったフウカの食べ残しと残りのケーキを食べるターンになり、同じものを向かい合って突ついていると、今日までにあったことを話してみようという気になった。
 一連のことを聞いたワグリが
「妙ですね」
とじっとビエネッタを見ながら言っているので、この菓子自体に何か専門的な欠陥でもあるのかと思っていると、続けた。
「ここは軍隊ですから、俺たちも出入りする人間にはかなり注意してます。警備隊だけではなく各部署からも、能力が活かせそうな隊員を見回りのために出してます。何よりここにいるのはほぼ全て、それなりの練度の兵士ですからね。その全部の目をかい潜って軍内に入るのは至難だと思いますよ」
 確かにそうだ。自分の極み技で考えても、1人、もしくは十数人同時にならその目を誤魔化すことはできそうだが、ランダムに現れてくる1人ずつを何人も撹乱してゆくのはかなり厳しい。しかも能力が活かせそうというからには、様々な隠伏方法を見破ることができる隊員達であるのだろう。
ワグリは少し先の机に視線を落とすと、何かを思い出すように呟いた。
「…なのに、名簿の人員は一昨日も昨日も動いていない…」

 ジャンニの中で何となく線が繋がった。
 攻撃をしてきた人間は内部の人間なのではないかとワグリは疑っているのだ。ならば倒されたことによって名簿から名前が消えるか傷病兵に組み込まれているはずなのに、そういうことはなかったのだろう。

 一瞬過った真剣な表情を掻き消すようにワグリは言った。
「…いや、まあそれはいいです。とにかくジャンニさんもその少女も無事で良かった。その上、少女の辛い記憶も消すことができているなんて、その結果のどこに気にする要素があります?」
 明日も出勤してくる予定だった人間が任務で亡くなったり、厳しい戦場に送られると決まった人員の名簿を断腸の思いで上に通したり、人の生死とその責任が目に見える形で残る仕事だ。そんな何百人を、何年にもわたって見て来ているワグリにそう言われると、ベストではなかったがベターではあったのだと思えた。
「皆迷惑をかけてかけられて、そうやって、自分が一番楽な方法をとれば良いんですよ。休んで良いし逃げて良いし一度やめてもまた始めれば良い。そして自分がかけた迷惑は、いつか誰かにお礼として返せば良い。細々とでも続けてさえいれば、必ずそういう機会は訪れます」
あなたのことも
と、ジャンニを見た。
「シフトで名前を見るたびに安心してます。大丈夫、全部何とかなりますよ」
一旦言葉を切ると、しっかりと言った。
「生きてるんですから」

 フウカが飲みかけのリンゴジュースを片手にウトウトし出している。
 ダイニングテーブルから見える暖炉の前には絨毯が敷いてある場所があり、さっき2人が昼寝をしようとしていたままに、絵本や雑誌やクッションが投げてあった。
 本格的に寝だしたフウカを抱き上げたワグリが、その雑誌を顎で示しながら言った。
「ちょうど人気のアイス特集を見てたんですよ。ほら、左下の。今日持って来てくれたのと同じですよね」
 椅子から絨毯に移動し言われた雑誌を見てみると、確かに同じだ。人気のアイスが4つ並べて紹介してあるが、ビエネッタだけ、絶対ここに並べるのは違うだろうと言いたいほどの高級感で異彩を放っている。
 というか甘味専門の雑誌なんかあったのかと、色々ページを繰っていると、花が包み込まれた丸いゼリーだとか、果物ひとつ分が入った大福だとか、世界には色々なスイーツがあるらしい。
 しばらく夢中で見ていたが何か静かだなと思って振り向くと、胡座をかくジャンニの背後でフウカを腕枕しながらワグリまで眠っている。
 そういえばさっき昼寝する予定だったんだよな…
 帰ろうかなと思ったが雑誌の続きが読みたい気持ちもあり、2人の横に腹這いになった。
 雑誌を繰りながら思う。

 ワグリは18からヴァサラ軍にいるらしい。幸せを自給自足できるタイプだし、育った家庭が良かったのだろう。精神的にも強い。
 けれど自分より人を心配する性格だ。時には隊員の生死を左右することもあるシフト担当を続けていく中で、ショッピングやスイーツなどでは補いきれないほど辛い思いをすることもあっただろうし、良かれと思ってやったことが、必ずしも相手の喜びや幸福につながらなかったこともあっただろう。
 ワグリが起きたら、聞いてみたい。

「どうしようもなく辛い時、どうやって乗り越えて来たの?」


(ワグリさんのお答えから)

 隊員の名字が変わり産休や育休の長期休暇をとりまた帰って来たり、一旦休職した隊員が新しい学歴を持って帰って来たり、そういうのを見るのがワグリは好きだ。軍隊とは関係ないところでもそれぞれの生活をしっかり着実に歩んでいるのを見るようで、そこにはとても希望がある気がする。
 しかし、その同じ隊員の経歴が突然ぶつっと切られ、名簿から名前が消える

 よく顔を出してくれていた寿退社希望の女の子、生まれた子どもを見せに来てくれた若い兵士、自分より若い命が次々と消えてゆく。
 自分が勤怠表に、名前を書きさえしなければ良いのだ。激戦の戦場に人を送る書類をここで止めれば、戦闘任務に誰も回さなければ、誰も死にはしないのだ。
 けれどそんなことはできないから、せめてシフトの最後の責任を自分が負う。ワグリさんが最後に許可を出したからこうなったと、そう思ってくれていれば良い。

「1人で大泣きします」
と、ワグリは答えた。
「思う存分泣いて、区切りをつけます」

 そう。区切りがつくだけだ。
乗り越えてはいない。きっと一生乗り越えられない。でも仕方ない。前に進むしかない。
 そういう仕事を、自分は選んだのだから。

 向かい合っていたジャンニは一瞬驚いた顔をした。
それから一息置いて、息をつくように言った。
「…やっぱり君はすごいね」
泣いているような笑っているようなその笑顔を見ていると、ワグリはふと、言わなくてはいけない気になった。

「ジャンニさんも無理は禁物ですよ?気丈に振舞ってるつもりでも内心辛そうなの丸わかりですよ」

 この名前がいつ消えるのかと毎月思い、名簿に名前を確認してはホッとし、当日欠勤が続く度に、もう消えてしまうかもしれないと気になって仕方なかった。けれど今でも名前が残り、シフトが組めている。
 ワグリはこの先もずっと、このままシフトを組み続けたいのだ。

「何で君だけにはいつも分かってしまうかなあ」
と、ジャンニは笑った。
「私も君みたいに、泣けるくらいの強さを持てればいいんだけど」


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