「村上仁美を知る Message From Abyss―グァダニーノ版『サスペリア』を手掛かりに」印象記

 はじめまして、「村上仁美を知るMessage From Abyss――グァダニーノ版『サスペリア』を手掛かりに」の聞き手兼進行役を務めた、モミジノアトリエと申します。

 秋分の日でもあった2019年9月23日、高田馬場駅からほど近い会場で、美術家の村上仁美さんをお招きし、トークイベントを開催しました。

 日差しはまだまだ強いものの、空気には秋の気配が漂う午後の時間をたっぷりと使って、村上さんの作品と『サスペリア』の世界観の共通点を手掛かりに、様々なお話をうかがいました。

 参加してくださった5名の皆様は、村上さんの作品や、『サスペリア』への関心が大変高い方ばかりで、休憩をはさんだ後のクロストークでは、活発なやりとりを行うことができ、村上さんのとなりに座る私も、進行の役目を忘れて、ついつい聞き入ってしまうほど。

 村上さんは、このイベントの準備の一環として、『サスペリア』を再見した際、マルコス・ダンス・カンパニーの建物の地下にあるガラスのショーケースの中に、陶製のオブジェがたくさん飾られていることに気がつきました。それらの内の1つに、複数の乳房を持つ女性像があるのを見て、この作品における「女性」の捉え方と、自身の制作しようとする「女性」のイメージが重なり合っていると感じたそうです。

 実際に村上さんは、不忍画廊で9月13日から行われている「Naked Babylon」(9月28日最終日)に、たくさんの乳房をクロカンブッシュ風に積み上げた「乳と蜜」という作品を出展しています。

 『サスペリア』で村上さんの見つけた女性像が、画面に映るのはほんの一瞬のことなのですが(主人公・スージーの友人であるサラが、建物の地下に潜入する場面)、村上さんの「乳と蜜」を見た上で、改めてこの女性像と出会い直してみるのもまた一興かもしれませんね。

 私にとって特に印象的だったのは、音楽の制作に携わっているという参加者の方が、「芸術家というのは、1回の制作ごとに死にたいものなんだよね。そして、新しい作品を生み出していきたいんですよ」という趣旨のご発言に、村上さんが力強く同意をしていたことです。彫刻・陶芸と音楽、それぞれジャンルは違いますが、芸術作品を生み出す仕事をしている人というのは、1つ1つの作品を生み出すたびに、かつての生からの離脱と、新たな生への復活を経験しているのだと改めて実感しました。

 『サスペリア』では、舞踊が大きくクローズアップされ、カンパニーの団員たちによる芸術作品としてのダンスが、そのまま死と再生の供犠にスライドしていきますが、これは芸術家個人の、制作時に感ずる死と復活の内的経験とも重なり合うものなのでしょう。

 また、別の参加者の方からは、村上さんの作品は、相矛盾する要素が併存したまま作品の統一を保つという特徴を持っている、というご指摘もありました。このご指摘に、村上さんは、「私たちの身体の中でも、食道から胃、腸、肛門に至る管の部分は、『植物器官』と呼ばれているのに対し、手足などは『動物器官』と呼ばれているそうなんです」と前置きした上で、自身の制作においても、私たちの身体自体が、常に既に別の種を内に含む形で存在している事実を意識しているとおっしゃっていました。

 村上さんの作品には、植物と女性の融合をモチーフにしているものが多いのですが、身体を異種混交の場と捉えることもまた、村上さんのインスピレーションの源泉となっていることが感じられました。

 その他、夢幻能「定家」との関連や、完璧な「死」を求めてそれを実行に移した三島由紀夫と、もはやそのような完璧さを望まない村上さんの、芸術家としての質の違いなどについて、多くの話題に花が咲きました。

 始まってみれば、あっという間の2時間半でした。村上さん、そして参加者の皆様、本当にありがとうございました。また、このような機会に巡り合うことができますように。

                      執筆者 モミジノアトリエ

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