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お先に失礼します

外食、家事代行、ベビーシッター。
家庭から、外とつながることで、身を軽く。
ある意味これらは、社会の中でのチームプレイ。

同じような発想で、会社の中でのチームプレイ。
自分一人でなく、チームプレイで成り立つように
あらかじめ立ち振る舞えばいい。だからリーダーは「補完」が必要な存在だっていいはずだ。


夫婦で同じ企業に勤める友人が、昇進の試験に挑戦するか躊躇っていた。やれるかどうか自信がないと。子どもが二人いる。夫婦共に友人だが、その時話していた友人は女の方だ。少し手が離れたと言えど、子どもの明日の学校の支度や、就寝時間を見守るのも、日々のプリントに目を配り、必要な会に出席するのも、熱が出たら休むのも、彼女。夫婦の決めごとというより、暗黙のやつ。

昇進しなくても、リーダーでなくても、仕事はできるし、それはそれで楽しいのだと。社内の誰かに設計されたものを受け取るのも良い。だけど、制約があるからという理由で、受け取り、調整する側の仕事しかできないのは、つまらない。考え、受け渡す方の仕事もしたいのに。これだと、全身全霊、仕事に時間を割けたり、いつでもどこでも飛んでいける「身軽」な存在だけが世に目立ち、「身重」な存在は、いつまでも影のサポーターポジションから免れない。同様に「身軽」と認定されてる立場は立場で、弱さを出せない、前へ前へ行かなくてはいけないプレッシャーの中、「強く」あるのだとも思う。

性質よりも、状況が優先されて役割が決まるのは、変えていこう。状況に応じて、でことぼこを埋め合わせるようなチームプレイを楽もうではないか。

家庭事情で「身重」なはずの友人が、仕事でリーダーになり、リーダーだからと言って「身重」にならずに「お先に失礼します!」と颯爽と帰り、明日の弁当のおかずを罪悪感なくこしらえていて欲しい。

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