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昔取った杵柄と、目前のケーキ。

「昔取った杵柄を担いで歩いているだけだよ」

最近定着してきた、お決まりの文句。新婦の後輩だという大学生に向かって今日は言った。

「ええ、どういう意味ですか?」キョトンとする大学生。首に巻かれたストール越しに、透き通るような肌が見てとれる。

結婚式に参列するのは久しぶりだ。これまでも数えるほどしか行っていない。わたしは同級生の中でも先陣を切って結婚したので、人生初の結婚式体験は自分のものだった。結婚式での誓いを裏切り、10年の結婚生活を閉幕して4年が経つのだが。

結婚と同時に田舎の集落で生活を始めた。その後、友人らの結婚式の招待には「田植え日と重なる」「子どもが出来て忙しい」などと理由をつけては、参列してこなかった。4年前、従姉妹の結婚式に誘われた時は、離婚直後だったので、わざわざ親戚一同近況報告会のような場に顔を出すのがバツが悪く欠席した。

新婦のナオちゃんは、結婚生活当初からよく家に遊びにきてくれていた子で、「わたしもいつかもめさんみたいに素敵なパートナーを見つけて田舎で暮らすんだ」と言っていた。ナオちゃんは、宣言通り、素敵なパートナーと巡り合い、この度結婚することとなった。わたしが結婚した時期は、都会からの地方移住は比較的珍しかったので、ナオちゃんと同じように田舎の生活に憧れた人が街から遊びにきてくれていたのだ。わたしは今や都会に舞い戻り、当時の「素敵なパートナー」とも離縁し、”特徴的な属性”がなくなったにも関わらず、ナオちゃんはわたしのことを変わらずに慕い続けてくれていた。装飾すべてなくなっても、わたし自身になんらかの価値があるんだ、と思わせてくれる御守りみたいな存在だ。

そんなナオちゃんから結婚式のお誘いがあったので、行かないわけにはいかずやって来た。

「ごめんね、もめさん。ほとんどわたしの同級生とかだし、知り合いいないなか申し訳ないんだけど、どうしても来て欲しくって。それでね、披露宴の同じテーブルに、もめさんを紹介したい後輩がいるの。就職活動中で悩んでいるみたいで、話聞いてくれないかな」

結婚式には顔を出したかったけど、知り合いのいない披露宴は居心地悪いもんだから、ナオちゃんのこのセッティングは、話し相手が出来て、逆に有り難かった。

後輩の大学生は言う。「わたし、やりたいことがなくって。周りには明確な目標があって、ベンチャーに行ったり、起業する人だって多くって。何やりたいかを問われ続けるんだけど、わたし、本当になんでもいいんです」

”本当になんでもいいんです”

目の前の大学生を抱きしめたくなった。何人の子が、こういった強迫観念に苦しめられているんだろう。

とは言えわたし自身も、結婚して主婦になった時、「何者でもない」ことに不安を覚えた。当時偶然巡り合った「素敵なパートナー」は、明確にやりたいことが溢れるようにある人だったから、それと比較してなお苦しんだ。結果的に、パートナーからリソース以上に溢れ出す想いゆえ、行き届かずにとっ散らかった部分を拾い、整えていくことを自分の「やりたいこと」とした。部屋を掃除し、気持ちの良い空間に整えていくような感覚。自分は調整が得意だと思い、星占いでも乙女座は調整の星だと聞いて納得した。そんなことも十年だか繰り返していると、やれることがたくさん増えたし、誰かの目標を借りたからこそ知らない、遠い世界まで到達することが出来た。離婚してからは行動の動機を失ってしまって一瞬悩んだが、今は行動の動機は、勤務先の会社に与えられていて、それは何も悪いことではないと思っている。会社に入ったら入ったで、その狭い社会の中で「何がしたいの?」は問われる場面に遭遇してしまうし、一生追いかけられるんだろうけど。


「もめさんは今の会社は何がしたくて入ったんですか?」大学生は、明確な答えを欲するように、食事の手を止めて、じっとわたしを見つめた。

「昔取った杵柄を担いで歩いているだけだよ…だから、どんな杵柄でも持たされたら振り続けたらいいさ」

そう言って、甘ったるいウェディングケーキの端切れを頬張った。

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