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プロレスラーの強さとは?〜藤田VS杉浦

トップ画像は@shun064さんの作品です。

かつてMMAで伝説的な試合が行われた。そう、2002年に行われた高山善廣VSドン・フライの一戦である。相手から受けるダメージを極力減らし、合理的に潰すことが価値観の最上位であるMMAで。敢えて正面から相手の顔が腫れるまで殴り合った試合。当時は「MMA価値観の中にプロレスの価値観を打ち込んだ試合」「プロレスラーの凄さと強さを示した試合」といった論評がなされた。

時は流れて2021年。その伝説の試合を超えたのが、藤田和之と杉浦貴のGHCナショナル王座戦である。

そもそも藤田和之は類まれなる才能を持ちながら、それを活かす相手に中々恵まれなかった。その強烈なパワーと技術、相手を殺す殺気。戦いに必要な要素を全て持ちながら、藤田と正面から戦うことができた相手は、永田裕志等ごくわずかだった。本来であれば正面からぶつかり合うだけで大きなインパクトを観客に残せるはずが。それを受け止める相手がいないため、因縁や怨念といった部分を全面に出すことが続いていた。

そんな藤田をして「因縁なんてねえよ」「純粋に戦うだけだ」と言わしめた相手が杉浦である。因縁も憎しみも必要ない。ただ相手と全力で戦うだけ。久しぶりに藤田が「純粋な戦い」に没頭できる相手。自分の力を全て出し尽くせる相手。それこそが杉浦だったのだろう。

試合開始から両者は正面からぶつかり合い、打撃を放ち続ける。「俺たち二人には、にらみ合いなんて必要ない」「どっちが強いか?最後まで立っていられるか?それを競うだけだ!」そんな言葉が二人から聞こえてくるような試合だった。序盤はグラウンドでのポジションの奪い合いといった「この二人ならではの攻防」を見せる。そこから徐々にヒートアップした両者。エルボーを打てばエルボーで。パワーボムを放てば五輪予選スラムで。お互いに相手の攻撃を避けず、全て受けとめ相手に倍返しする。

そしてその結晶が試合終盤の張り手の応酬だ。声援を出せない試合会場で、両者の張り手の音が響く。観客は拍手をすることも忘れ、二人の描く異次元の光景に目を奪われた。パンチと張り手という違いこそあるが、それはまさしく19年前の高山VSドン・フライの決闘の如き殴り合いに近い殺気があった。いやおそらくあれを超えていただろう。脳震盪の危険性を顧みずひたすら相手を張り続ける。張り手という誰でもできる技で、ここまで観客を熱狂させることができる選手が、果たしてどれだけいるだろうか。最後は杉浦が掟破りの逆サッカーボールキックを放ち、更にはこの日3発目の五輪予選スラムで藤田の意識を完全に断ち切った。

3カウントを奪った杉浦が藤田から離れると、藤田の様子は完全に失神しているように見えた。もしかすると直前のサッカーボールキックで既に勝敗は決していたのかもしれない。しかし杉浦は最後まで徹底した。藤田が120%を出してきたからこそ。杉浦も己の120%を出したのだ。試合を終えた杉浦は、担架で運ばれる藤田に座礼をした。それは藤田が戦前言っていた「因縁なんてない」「あるのは純粋な戦いだけだ」という言葉を証明した光景だった。

プロレスラーは凄いだけじゃない。プロレスラーは強いんだ。そして強さは合理性からだけ産まれる訳ではない。「頑丈さ」「力強さ」「相手から引かないハートの強さ」。そうした様々な面の強さがあるんだ。この二人の試合は、そうしたプロレスラーの強さを全て表現した。そして個人的には、歴史の浅いGHCナショナル王座にこの試合が刻まれたのはとても興味深い。これからどうやってこの試合を超えた強さを刻むのか?それとも異なる強さや凄さをを刻むのか?そんなことを楽しむのも良いかもしれない。

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