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プロレスにおける幅の広さ〜ノアジュニアの可能性〜

プロレスにおけるジュニアヘビー級にはどんな特徴があるのか?それはかなり難しい問題でしょう。90年代までのプロレスであればジュニアヘビー級は「ヘビー級と異なるスピードやキレ」が一つの特色でした。しかし00年代中盤に生まれた劇薬。丸藤KENTA戦の存在がジュニアヘビー級の持つそうした部分を根底から揺るがしました。ジュニアヘビー級の独自性であったスピードやキレをヘビー級に持ち込む。たしかにそれによってヘビー級の戦いの幅は広まりました。またヘビー級でもスピードとキレを求める傾向になった関係で、いわゆる体重100キロを下回るヘビー級選手も増加しました。彼らの戦いは間違いなくヘビー級を進化させたと言えるでしょう。

それではヘビー級にその独自性を奪われたジュニアヘビー級は?この命題が最も重くのしかかるのはプロレスリング・ノアのジュニアヘビー級でしょう。ノアのジュニアヘビー級は短期的には丸藤KENTA戦で可能性を見せました。しかし彼らがヘビー級に転身したことにより。彼らの下の世代は「過去の世代を直接超える」という機会を奪われました。また劇薬を生んだ当事者であるがゆえに「丸藤KENTA戦」という比較対象が観客の頭の中にありました。それは武藤敬司の言う「思い出には勝てねえよ」に近い状態ですね。

それでは今のノアジュニアは厳しい状況なのか?そんなことは断じてありません。今のノアジュニアはジュニアヘビー級の持つ特徴を更に突き詰めて成長しています。私の考えるジュニアヘビー級の特徴。それは「枠組みが限定されるがゆえの自由」です。

枠組みの限定とはズバリサイズのこと。団体によって制限重量は異なれど、ジュニアヘビー級には必ず○○キロ以下という枠組みがあります。これにより「ジュニアヘビー級には特別大きな選手も特別小さな選手もいない」という状況が作られます。弁慶対牛若丸にはならない代わりに牛若丸同士で戦えるのがジュニアヘビー級です。

これにより戦いの論理性という枷を緩めることができます。例えばノアでいえば。ヘビー級で重量のある征矢学をジュニアヘビー級のYO-HEYがジャーマンスープレックスで投げるという図式を想像してみてください。これを成立させるには「相手の脚に予めダメージを与えて踏ん張らせないようにする」等の論理が必要です。体重差の大きい相手を試合の序盤で軽々と投げてしまえば論理にズレが生じます。しかしサイズが近い相手同士であれば?序盤からジャーマンスープレックスを放って論理にズレは生じずらいです。つまり比較的自由に技を選んで戦うことができるでしょう。

制限を設けることで戦いに自由が生まれる。これが私の考えるジュニアヘビー級の特徴です。ノアジュニアは中心選手の世代が近く、選手としてのピークを同時に迎えつつあります。サイズの近い且つ同世代の選手が、論理の枷を緩めることで自由な試合をする。その成果の一つは階級こそ違えど四天王プロレスかもしれませんね。原田大輔、小峠篤司、YO-HEYといった選手たちはそうした可能性に満ちています。

更に今のノアジュニアで興味深い点。それは論理の枷を緩めた世界にも関わらず、論理の権化たる小川良成が存在している点です。ヘビー級時代にはその論理性で数々の選手を手球にとった小川。彼の存在によってノアジュニアには「論理性と非論理性の戦い」や「論理性と自由の融合」という可能性があります。前者は論理を無視した混乱でノアを戦うペロス・デル・マール・デ・ハポンか?混乱と論理性の戦いを繋ぐ人物が、出奔した王位継承者鈴木鼓太郎という点もまた趣深いです。後者は言わずもがなHAYATAですね。論理性を改めて学んだことで、今や時折見せる自由で相手を混乱させる。HAYATAは一種のハイブリッドな選手に進化しています。

そのHAYATAに対して、抜け駆けはさせじと原田たち同世代の選手が成長する。そしてそこにはジュニアヘビー級ならではの「自由な戦い」も。一方で進祐哉や大原はじめ等の敢えて「論理性を極めようとする」流れもあり。そしてひょっとすると新たな劇薬となりうるニンジャ・マックという存在もあります。

ヘビー級のリーグ戦であるN-1開幕を間近に控えた今だからこそ。ノアジュニアの可能性を今一度皆さんにも考えてもらいたいと思いました。皆さんにも様々な場でノアジュニアの未来を語ってください!


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