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ボロ布日記 vol.3 No.18-22 靴道楽編

 光陰矢の如し、少年老い易く学成り難し。人間生まれた頃は両親に手取り足取り全てを面倒見てもらわなければ生き延びることすらできない。一方で年を経るにつれて親から教わることは急激に減っていく。
 運転免許取りたての頃に、父の車で夜の首都高をドライブしながら運転について色々とアドバイスをもらったことがある。もうこれでこの男から学ぶことは無くなったのかもしれないなどと思っていたが、本当の最後はそれから数年後、勤め人になる時だった。久々に実家に顔を出して飯を食っていると、サラリーマン一筋30年になろうかという父が突然「仕事用の革靴、磨いた方がいいぞ。」と言った。そういえば父は毎週日曜の午後になると必ず靴磨きをしていた。訳を聞くと、「どうしても下向くことが多くなるからね。」とだけ言って、話題は他に流れた。

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 人間と靴との時間は長い。外に出る時は大体身につけている。靴がないと人間は外に出られない。日本では砂浜以外を裸足出歩いている人を見たことがない。(5年前のヤンゴンでは3割くらいの人が素足で歩いていた。)外に出られないということは社会と接点を持てないということである。まあ、今じゃインターネットさえあれば外に出なくても社会と接点を持てるけど。逆に言えば、靴はインターネットと同じくらい大事だということだ。にもかかわらず、靴に関しては総務省が肝入りで政策を立案しているとかいう話を聞いたことがない。履き潰されてポイされるだけの損な役回りである。それでも、文句を言わない。靴を作る人たちは、インターネットを支えている人と同じくらい「社会を支えているんだぞ」という矜持を持ってしかるべきだし、世の中の人々はもっと靴のことについてしっかり考えるべきだと思う。

 物心ついてから履いてきた靴のことはだいたい全部覚えている。(下着との時間も長いはずだが、不思議なことにほとんど忘れている。)歴代の名靴のことは履き心地も含めさらに鮮明に思い出せる。高校生の時に初めて買ったコンバースオールスターが若草色だったこととか、ライブをするときは必ずそれを履いていたこととか、勤め人になってから愛用していたジャランスリワヤが後に高騰して2年くらい履き込んだのに買値と同じ値段で売れていったこととか。

 父の言葉が呪いのように焼き付いて、勤め始めの頃から靴磨きをするようになった。始めてみると「下を向くことが多いから」という言葉の意味もわかった。靴と向き合っている時間の無心の没入感の虜になった。一種の瞑想のような効果があると思う。
 手入れに専心するようになると、自然と革靴にも興味が出た。下駄箱が玄関の天井まである謎の部屋に住んでいたこともあって、アホみたいに革靴が増えた。靴に関してはピンからキリまで履きこんで自分の中である程度答えが纏まったような気がしていた。が、勤め人をやめて自転車中心の生活になったので、少し軸がブレだした。

 前置きが長くなりました。今回は手持ちの革靴を見直していきたいと思います。

No.18 ロイドフットウェア Vシリーズ プレーントゥ

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 まずは1番愛している革靴から。ロイドフットウェアは銀座の一角に本店のある名店だが、ネットでは靴の手入れが悪いと説教をされたり、足に合う靴がないと売ってくれないなどと書かれていることで有名なお店。個人的には本当に良いものを適正な価格で売っている良いお店だと思う。
 プレーントゥはミャンマーに行く前から持っているので、もう6年ほど履いていることになる。今持っている中では1番古くから所有している革靴。足に馴染むまで半年くらいかかったが、馴染んだ瞬間の履き心地は最高で、タイトフィッティングの革靴を手入れしながら足に馴染ませていく悦びを教えてもらった靴。冠婚葬祭からビジネスまでどこにでも履いていけるし、手入れもうまくいっていて、2足目を買いに行ったときにロイドの店員さんに褒められたのは嬉しかった。これでシューツリーまで含めて4万円を切っていたので、コスパ(この言い方は嫌いだが)も素晴らしい。キメきらなくてはいけない出張や会議、面接には必ずこれを履くというのが私のゲンカツギである。世界中あらゆる場所で行動を共にし、色々な土を踏んだ(ゲロも踏んだ。)足を向けて寝られない一足。

No.19  ロイドフットウェア Vシリーズ フルブローグ

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 プレーントゥがあまりに良かったので、翌年買い足した一足。だが、最初のシワのつき方がよくなかったのか、プレーントゥと構造が違う分革の硬さが出やすいのか、親指の付け根がいわゆる「靴に噛まれる」状態になってしまい、この靴とは長らく喧嘩していた。足から血を流しながら、どうしたものかと思案していたところ、内側からクリームを塗って伸ばすという方法を教えてもらい、一発解決。
 カジュアルな服に合わせてもおさまるので、履きこむぞ、と思っていた矢先、同時期に浮気したUチップなどにその役回りを奪われてしまい、今のところ中途半端なポジションに落ち着いている。サラリーマン時代はスーパーサブ的な感じだったんだけどね。それでもとてもいい靴ですよ。

No.20 トレーディングポスト ウォータープルーフVチップ

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革靴の大敵は雨。雨仕様の靴を探していて辿り着いた一足。リーガルのゴアテックスという手もあったのだけれど、リーガルは木型が足に全く合わないので、これに落ち着いた。革靴なのに完全防水でとても良い。革に銀で処理がしてあるらしい。雨の日しか履いていないのにとてもいい感じに育っている。雨の日は結局スニーカーも履けないので、仕事、私用問わずお世話になる実用的な一足。Vチップというところも汎用性に加勢してくれている。

No.21 ベルギー軍サービスシューズ(80年代?)

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 2nd Handの革靴は基本的に買わないのだけれど、ミリタリーのサービスシューズはついつい見てしまう。それでも底が重すぎたり、革が劣化していたり、サイズが合わなかったりとなかなかいいものには出会えない。これは、ヨーロッパミリタリーの量産型でよくみるやつなのだけど、たまたま小さいサイズがあって(私は足が小さい) 履いた瞬間靴の方から「待ってました!」と言われたような気がするほどのジャストフィット感だったので、連れて帰ることにした。BALLYのOEM。値段も数千円で、気兼ねなくガンガン履ける。40年近く前のものなので、ソールとウワモノのジョイントが加水分解して、一回オールソールに出したが、それでも余裕でお釣りが来る。

No.22 オールデン 9071 ブラックコードバン ストレートチップ

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 泣く子も黙るオールデン。雑誌やネットでは履き込んだオールデンのコードバンを自慢しているおじさんがたくさんいるけど、履いていて本当に気持ち良い靴はやっぱりカーフの靴だと思う。コードバンは履き慣らしながら靴の内側から足型を付けていくイメージ、カーフの靴は足に沿わせて伸ばしていくイメージ、伸縮性があって柔らかい靴の方が気持ち良いに決まっている。でも見た目がゴリッとしててかっこいいから、コードバンに惹かれるというのはわからなくもない。
 この靴に関しては思い入れがある。購入したのはマンハッタンのオールデンショップ。出張でアメリカ大陸を一ヶ月北に南に彷徨った末いよいよ明日の飛行機で帰れるという金曜午後、自分へのご褒美と、襟を正して買いに行った。かの有名なオールデンの店だから敷居が高いのかなと思っていたら、そんなことはなく、靴箱が天上までの棚にぎっしり並べられた小さな本屋のようなギークなお店。仏頂面のいかついおっさんがやってきて、「君、いい靴履いてるね」とロイドのVシリーズを社交辞令っぽく褒めてくれたりしながら、てきぱきと私の足のサイズを測り、今あるのはこれかこれと5足くらい持って来てくれた。私は迷わずプレーントゥを選んだ。
 意気揚々と店を出て、箱を小脇に抱えながら、「最高、最高、んーなんかマンハッタンだし、エスニックなものが食べたいなー、ちょっといい店でカレーでも食うかなー」とか思いながら歩いていると、ボスからの電話がリンリン。嫌な予感は案の定的中し、追加でネゴとリサーチをお願いしたいからもう一ヶ月間アメリカ大陸から帰ってくるなとのこと。そりゃないぜと思いながら、適当に入ったタコベルでチポーレをつまみつつ、涙目で航空券の手配替え&宿、レンタカーの予約。日本に帰ってから入れていたクリスマスシーズンの予定を全キャンセル。重たい気持ちとともに靴の入ったでかい箱を小脇に抱えて、リマ行きの飛行機に乗った。
 それからのことはよく覚えていないが、最終的に北米に戻ってきて国内線をごちゃごちゃトランジットしてNYで一泊してから帰国という日程だったと記憶している。最終日は一日フリーにして携帯の電源切ってマンハッタンで遊びまくると決め、前日に南部のクソ田舎の港町でザリガニを食いながら最後の力を振り絞って徹夜で資料と報告書を仕上げた。
 どんな長い出張も、手荷物持ち込みできる小さいスーツケースひとつで行くようにしていたので、それまではなんの疑問も持たなかったのだが、JFKに降りたときにふと違和感に気づいた。綺麗に靴の箱だけ無いのである。一ヶ月間バーサク状態だったので、最後にいつ見たかも思い出せない。現地購入で安かったとはいえ、東京の一ヶ月分の家賃くらいの金額である。ぽっかり心に穴が空くとはまさにこのことだった。
 翌日は駐在の後輩と美術館などをダラダラ散歩する予定をしていた。せっかく付き合ってくれているのに、愚痴るのも申し訳ないので、黙っていたのだが、耐えきれず午後になってポロッと言ってしまう。その瞬間、「マジ? そんなことくらいでテンション下げてる場合じゃないっしょ。今どこにいると思ってるんですか? マンハッタンですよ。お店何時に閉まるの? あ、あと30分じゃん、今すぐタクシー拾って行きましょう。」と勝手にタクシーを拾ってお店へ。店まであと500メートルのところで大渋滞。閉店まで5分。「お金払っとくから降りて走って行ってきてください」と後輩。「これって、もう一足買えってことか、買っちまうのか、買っちまうか、やっちまうか、そうそう、物よりオモイデ!」などと考えながら息を切らしてお店のドアを開けると、「何か御用ですか? ああ、先月もいらっしゃましたよね。」と例のおじさん。ここまでの顛末を話すと、それはお気の毒に、今日あるのはこれとこれとこれ、と3つくらい持ってきてくれる。それで選んだのが今のストレートチップ。ウインクしながらシューツリー分はおまけしてくれた。やらかしたな〜と思いながら帰りの飛行機に乗ったが、今のところ後悔はしていない。

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