日記(肉の日)


今日は、出していたコートを取りに駅前のクリーニング店へ。

伝票を持っていくと、

「はいどうぞ」

と、店員さんはラックから私のピーコートを選んで手渡してくれた。

はたしてどのくらい綺麗になったのだろうか、と思いながら受け取ると、
 
ピーコートはビニールでくるまれた上に、黒いカバーがかけられている。

私は、カバーは要らなかったので

「カバー外してもらって良いですか?」

とお願いする。

すると、

店員さん(名札が「鈴木」となっていたので「鈴木さん」と呼ぶことにする)は

「かしこまりました」

とカバーを取ってくれる。

助かるなあと思っていると、

カバーを外した瞬間ピーコートからふわっと広がる焼肉の香り。

どうして。

すると鈴木さんはまっすぐな目でこちらを見て、

「どんな感じですか?」

と聞いてくる。

どんな感じ?

まっすぐな目だったので、完全にそわそわしながら私は

「なんか臭いが…」

と返す。

「そうですよね」

とまたまっすぐな目で鈴木さん。

「そうですね臭いが…」

そんな感じで喋っていると、

ガラガラ〜

とカウンターの後ろの扉が開く。

すると、

ジュー

「あっ」

「あっ」

中の女性と目が合った。

それで扉が閉められた。

中には完全に、床に置かれた七輪と生肉のトレー、あと女性の右手にはトングが見えてしまった。

焼肉、といった感じ。

すると鈴木さんが、

「ちょ佐々木さん、今お客様いらっしゃるのよ」

と扉を閉める。

「すみませんお客様」

と扉の向こうから佐々木さん。

ちなみに焼肉の部屋には、壁に沿って衣服がたくさん並べられている。

衣服がクリーニング前のものか、クリーニングが終わったものなのかは分からない。

私はおそるおそる、

「焼肉ですか?」

と聞いた。

何をおそれているのか自分でも分からない。

すると、

「はい」

と鈴木さん。

それから

「ここは焼肉屋の居抜きなんです」

と続ける。

鈴木さんはまっすぐな目でそう言うので、そのときの私はへえ、と思った。

「ちゃんとしたダクトがある、とかそういうことですか?」

と聞くと、

「はい」

と返ってきた。

たしかに、焼肉をしているにしては煙たくないな、とすら思った。


佐々木さんは今お昼休憩中で、持ってきた肉を焼いている感じらしい。

まかないとかではないけど、七輪は使って良いことになっている、とのこと。

「でも火事にだけは気をつけるように言ってます」

と鈴木さん。

「そうですか」

「私も、タンを焼く時は特に気をつけています」

とのこと。

「なんでタンの時気をつけてるんですか?」

と聞くと、

「脂が多いから」

と返ってきたけれど、タンにそのイメージは無い。

私は

「そうですか」

と返した。

すると、

「お客様、」

と鈴木さん。

「はい」

と返すと

鈴木さんは、

「ありがとうございました、まだのご来店をお待ちしております」

と続ける。

「あ、ありがとうございました」

私は、ピーコートを手に店を出た。

出際、扉のところの消毒液の横に、カゴに入ったミントガムが置かれていた。

私はそれをひとつもらった。

「ありがとうございました」

ともう一度鈴木さんに声をかけられる。

「ありがとうございました」

私はそそくさと店を出た。

改めてピーコートのにおいを確認してみる。

してみたところ、特に焼肉の臭いはしなかった。おそらくあの空間の臭いだったのだろう。

ピーコート自体もきちんとクリーニングされていた。

ということは、あの奥の焼肉部屋にあった衣服はクリーニング前のものということになるな、と思った。

私はガムを噛みながら家に帰った。

また何かクリーニングしたいものが出て来れば、行こうと思う。

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