日記

今日は、バスに乗って出かける。

乗ったはいいものの、
道が混んでいてどんどん時刻表の時間から遅れていく。

私は特に急いでいなかったのでよかったが、
乗り合わせた5人

ピンヒールのお姉さん
和服のおじいさん
和柄の紋紋の入ったお兄さん

あと2人はこれといって特徴のない人だったので、
書かないでおく

が露骨にイライラし始める。

ピンヒールのお姉さんは
ピンヒールを地面にコツコツ鳴らす。

和服のおじいさんはおじいさんで、
杖を地面にコツコツ鳴らす。

和柄の紋紋のお兄さんは、
貧乏ゆすりをしながら自分の腕に入った紋紋の線を指でなぞっている。

お兄さんの指が紋紋の鯉の背びれを過ぎて尾ひれに差し掛かったところで、

車掌さんのアナウンスが入る。

「え〜、ご乗車の皆さんご存知のとおり当車は完全に遅れております。」

すると、遅れているという事実を改めて突きつけられて触発されたのか

ピンヒールと杖のコツコツの速度がそれぞれ2倍になり、お兄さんの貧乏ゆすりの速度も2倍になる。

車内のイライラは最高潮に達している。

ピンヒールは

「バイトなのよこれから…」

と小声で言っている。

よく聞いてみると、

和服のおじいさんは

「バイトなんじゃがこれから…」

紋紋のお兄さんは

「バイトなんだよこれから…」

とそれぞれ小声で言っている。

みんなバイトだった。

そりゃ急ぐよねと私は思ったが

「まあまあそうイライラしないで…」

と小声で言ってみた。

誰にも気づかれなかった。

するとまた車掌さんのアナウンスが入る。

「このまま行くと、当車はどんどん遅れていくばかりです。私はもどかしい。というのは、なんと私はめちゃめちゃ巻きで終着バス停まで到着できる、そういうルートを知っているからです。」

車掌さんは肚をきめた感じで言う。

「ただし、これはギャンブルです。
というのは、終着バス停まではもちろん行きますが、途中のバス停は、ルート的に止まったり止まらなかったりするからです。」

かなりギャンブルだ。私は別に急いでもいないし。

「このギャンブルをするかどうか、今ご乗車のみなさんの多数決で決めましょう。ギャンブルやりたい派の方は、今すぐ『止まります』ボタンを押してください。」

ピンポンと音が鳴り、車内のボタンがに一斉に光る。

すると、車掌さんが恥ずかしそうに

「そうでした、全部光っちゃうんでした。普通に挙手にしましょうか。やりたいよってひと。」

車掌さんは、光ったボタンの数で決をとろうとしていたらしい。かわいい。

3人が挙手していた。

私を含め6人が乗車していたので、賛否ドローということになる。

車掌さんはまた恥ずかしそうに

「そっか偶数でしたか。ドローですか。
ううん、でもということは、私がどっち派につくかで決まるということですね。」

挙手した3人だけ、沸いている。

車掌さんの言葉を待つ。

すると

「私はね、もちろん、ギャンブラーですから。」

と言うとすぐに、バスを急旋回させ脇道に入る。

入った脇道から、さらに別の脇道に、そこからまた次の脇道に、という要領で進んでいく。

途中

「ここ攻めていきますね、みなさんしっかり捕まって〜〜!」

と両サイド生垣すれすれの道を通ったり、かなりスリリングだ。

また

「ここ転回します、みなさん『止まります』ボタンで私に力を〜〜!」

とか

目の前の横断歩道をおばさんが横断していたところを通過しようとする際

「おばさんに力を〜〜!ボタンで〜〜!」

と、おばさんをもみんなで応援した。

バスはぎりぎり通過直後のおばさんのチュニックの裾をかすめていた。

ちなみにボタンで応援の場面は6回ほどあったが
6回とも和服のおじいさんが誰よりも早く押していた。

バスはとにかく入り組んだ道を走っていく。

もう車掌さん以外誰も今どこにいるのか分からない。

ピンヒールは、googlemapのGPSで自分の位置を確認し、知らない道すぎたのか、白目を剥いている。

紋紋のお兄さんは紋紋をハンカチで優しく覆い、和服のおじいさんは帯を締め直し、『止まります』ボタンの上で指を待機させている。

そうこうしているうちに、終着バス停に到着する。

しかも到着予定時刻よりも5分早く着いた。

結局、止まるはずだった途中のどのバス停にも止まらなかった。

降り際、ピンヒールは車掌さんと握手を交わす。

「ありがとうございます。」

「どういたまして。」

と車掌さんは言う。

紋紋のお兄さんも

「ありがとうございます。」

「どういたまして。」

と熱く抱擁する。

和服のおじいさんは

「これでバイト間に合う。ありがとう。」

と深々とお辞儀をする。

私はちなみに本当は3つ前のバス停で降りる予定だった。

降りたかったバス停をすっ飛ばされてしまっているので、お礼を言うのは違う気がしたが

しかし、なんとなく車掌さんと言葉は交わしておきたいと思ったので

「すごい、タクシーの運転手さんみたいでしたね」

とずっと思っていたことを伝えた。

あのルートの華麗なショートカットの仕方は、タクシーの運転手さんばりだった。

すると、車掌さんは

「タクシーやってたからね。」

と言う。

私は

「運転手さんされてたんですか?」

と聞くと

「うーんそういうんじゃない。
なんて返したらいいか分かんないや。
ともかくご乗車ありがとうございました〜。」

と言われた。

だとしたら「タクシーやってた」ってどういう意味だろう。

私は、3つ前のバス停まで歩いて戻った。

距離にして2km、結構しんどかった。

途中、みんなの応援があればなあと思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?