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昨日、何読んだ?

つい、この間のこと。
ある集まりで、「あなたに贈りたい一冊」を持ち寄り、ランダムに交換する企画があった。
私が贈ってもらった本は

”本日は、お日柄もよく”(原田マハ 2013年)

出版され、話題になったときに、初めの20ページを立ち読みしたけど、それっきり。その20ページで面白そうだなぁというインパクトは残ったものの、いつか、時間のある時に、と思っていた一冊。

さっそく穏やかな休日の午前を使って、たった今、味わったところである。

もう何年振りだろう、小説を読んだのは。
心躍るわくわくする小説や、涙なしには読めない小説など、年に1回は読む機会はあったけど、いつしか仕事中心の生活になり、小説は時間や心に余裕があるときにゆっくり読むものと押しのけられ、ビジネス書を読み漁る日々になっていた。

そんな本の味わい方を忘れていたときに贈ってもらった小説は、時間を忘れて読みふけり、あっという間に読破してしまった。

そして、ビジネス書では味わうことのないだろう、人の描写、心の動き、言葉の持つ力、喜怒哀楽の表現や感傷的な描写を存分に味わい、とても満たされた気分になっている。

そんな気持ちを少しだけ、書き残しておきたい。
心が動いたストーリーやシーンは次のとおり。

①成長:主人公の”こと葉”が、お気楽なOLから、やりたい仕事を見つけ、のめりこみ、その過程で成長し、人生の起伏を味わえるようになって、魅力的な人物になっていったこと

②後悔:ライバルの”言葉の師匠”の過去の話

①成長するということ

こと葉は、人をよく観察している。そして、自分の気持ちに正直で素直だ。
恥ずかしい、情けない、怒り、憤り、嬉しい、楽しい、頑張ろう、好き、たくさんの心の動きが出てくる。

人に敏感で、いろいろ感じ取ることができるから、感情が勝り、その場に流されることもあるのだろう。

そんなこと葉が、自分を知り、努力し、行動しながら少しずつ自信を持ち始め、面白そうだな、こうあれたらいいな、もっと知ってみたいな、やってみたいな、素直に自分の感情に従い、周囲の人たちの後押しや期待も受けながら、前に進んでいく。

その過程で、悲しいときや辛いとき、恥ずかしいときもあるし、誇らしいときやよくやったといえるとき、まだやってみたいと思えるときがある。
それを繰り返しながら、自分なんてまだまだと思いながらも、好奇心と誰かの役に立ちたいという想いで、歩みを進め、人として、成長していく。

誰かにやらされているわけでもなく、自分の決めた未来に向けて、自分の足で進む。

こと葉はラッキーだったのだろうか。
たまたま、いろいろな人に出会うことができたから変わったのだろうか。

いや、全ての出来事のその前には、こと葉の決断があった。
思わず声をかけてしまった、メールを送ってしまった、言ってしまった。
そこには押さえられない何かがあったのだと思う。

人が成長するとは、自分の心に正直になって、心から湧きあがる声を表現することで生まれる、良い変化も辛い変化も味わいながら、ひとつ、そしてひとつと、知らないことを知ること、そうして、人としての器が広がり、何か変わったね、に繋がっていくこと。
それを繰り返していくことなのだろう。

こと葉の、心と行動の変化を通して、人が成長することの深みを味わえたように感じた。

②後悔に向き合うこと

この小説では泣けるシーンは多くはなかったのだけれど、一番泣いたシーンがある。
しばらくの間、読み進めることができなかった。
主人公のライバルが言葉の師匠と仰ぐ女性が、過去を語るシーンである。

(※ネタバレ注意)
お年寄りへのリスニングボランティア活動を行う彼女の行動の源泉には、かつて仕事にのめりこんだ結果、施設に入った母親にあまり会いにいくことができず、会いに行ったときにも忙しいだろうから早く帰りなさいという声に甘えているうちに、他界してしまった経験があった。

その母親の遺品の中には古ぼけた手帳があり、娘が十八歳の時に使っていた学生手帳だった。
表紙をめくると娘の写真があったが、その写真は涙でごわごわになっていた。手帳の一ページに、遺言があった。

”生まれ変わってもまたあなたのお母さんになりたい”
”今度はいっぱいお話をしましょうね”

それから、私に向かって話をしてくださるお年寄りは、誰もが私の母、私の父なんです。

今、こうやって書いていても涙が止まらないのだけれど、何の涙なんだろう。
自分でもよく分からないのだけれど、悲しい、という表現だけではまとまらない。
こんな後悔をしたくない、悲しませたくない、という不安だろうか。
それとも、その母親の純粋な娘ともっと話したかった、という寂しい気持ちに、共感しているのだろうか。

なんて、気持ちのこもった表現なんだろう。

喜怒哀楽よりも、寂しさに心が動くのかもしれない。
人は後悔にどう向き合い、どう生きるのか。
久々にガツンとくるシーンに出会い、心が動いた。

言葉の力

この小説のテーマは、言葉の力、である。
スピーチライターという職業に焦点をあてて、言葉が人を、世界を動かすことがある、そんなシーンをたくさんみせてくれる。

でてくるスピーチは、どれも胸を打つ、気持ちの入ったもので、読み返しても目頭が熱くなってくる。

私は仕事柄、研修や説明の場を使って、社員に目的やあってほしい姿や役割を伝えるシーンがあり、それは単なる施策や言葉を伝えるだけではなくて、担当者・企画者としての想いをのせて語ることが大事だと常々思っている。

そんな中で読んだこの小説から、改めて、相手の背景や状況を踏まえつつ、ポイントを押さえつつも、心に訴えかける伝え方ができるようになりたいと思った。

たかが説明、たかが伝えるだけ。
しかし、受け取り手にとっては貴重な時間を使う数分間である。
ただ読み上げられているということを感じ退屈な時間になるか、それとも、あれ、なんか気合入っているなと好奇の目を向けるか。

自分の仕事にプライドをもって、なぜやるのか、何を成し遂げたいのか、きちんと想いをのせて、語っていきたいと改めて強く思った。

あとがき

この本を贈ってくれた人からは、手紙も一緒についていた。

”大切なあなたへ”

”「大切なあなたへ」って、すごく素敵な響きだと思いませんか?「君へ」でも「お前へ」でも「貴様へ」でも通じる中で、どうしてもこんな文章を書くときには、「あなたへ」と書きたくなってしまいます。”

”日本語は複雑でややこしい。と、同時に、やわらかくて、力強くて、美しい。”

”この本が手に渡った「あなた」にも、言葉たちの美しさに触れてもらえたら嬉しいです。”

まさに、言葉の美しさに触れた時間だった。
そして、言葉以上に、人の心に触れた時間だった。
優しさ、くやしさ、寂しさ、力強さ。

ビジネス書以上に、力を与えてくれる一冊になった。
自分も、言葉を操り、巧みに表現し、人を動かす、そんな力を磨きたいと思った。

本を贈ってくれた「大切なあなた」へ。
人生に、彩りを添えてくれて、ありがとう。

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