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[report]『幻想のフラヌール』(町田市立国際版画美術館)

※ タイトル画像 門坂流(町田市立国際版画美術館 蔵)


開催情報

『幻想のフラヌール 版画家たちの夢・現・幻』
場所:町田市立国際版画美術館(東京都町田市)
   企画展示室1、2
開催日:2024.6.1.sat-9.1.sun
観覧料:800円(一般)
※ ぐるっとパスで入場可
※ 撮影可の表示のある作品以外は撮影不可

内容:フラヌールとは、気の向くまま歩く人のこと。
企画協力に美術評論家・相馬俊樹をむかえ、幻想をテーマに、日本と西洋の現代版画家25名の作品約150点を展示。


同時開催
『飯田善國の版画と《彫刻噴水・シーソー》』
開催日:2024.5.29.wed-9.1.sun
会場:常設展示室
観覧料:入場無料

主な登場人物

  • 飯田善國(1923-2006)
    彫刻家。

  • 相馬俊樹(1965-)
    美術評論家。

  • 藤村拓也
    町田市立国際版画美術館 学芸員。同展担当。

単語

  • 【フラヌール】遊歩者

  • 潑墨はつぼく】水墨山水画の技法。墨をそそぎ、輪郭線を描かず濃淡で描く。

  • 【ヴィジョネール】幻視者

章構成覚書

◆刻線の魔力
 版に刻んだ線によって自然が内包する力を表出させた版画家
  木村茂(1929-)…ニードル一本でエッチングの線を刻む。樹木を画題とする
  木原康行(1932-2011)…ビュランで線の生命体を刻む"錬金術師"
  門坂りゅう(1948-2014)…目に映るものの内奥の力を刻線に移し替える

  自然の<フォルス>…線描の魔道士・門坂流
   見慣れた自然が異様に変貌したかのような幻想的なイメージ
   習慣の目に囚われている私たちに、豊穣な生の記憶を刺激し、呼び覚ます

◆〈エロス〉の形態学
 人間に内在する力を形態の変容メタモルフォーシス歪曲デフォルマシオンによって顕現させた版画家
  パウル・ヴンダーリッヒ(1927-2010)…過去の巨匠の作品や有名な物語を変容・歪曲することで新たな命を画中に吹き込む。女性の身体を男性のまなざしによって解体。人体の抽象化。
  ヨルク・シュマイサー(1942-2012)…自然物に有機的な変貌を見出し、時にそれらを歪曲し、潜在力を顕在化。
  多賀しん(1946-)…人体への解剖学的関心が混じり合う。歪曲された画中空間が視線を撹乱。人間の暗部への窃視衝動を誘起。…ベルメールの血脈
  ハンス・ベルメール(1902-1975)…エロティシズムの追求。<スーパー・インポジション(二重写し、二重刷り)>に執心。肉体内部への解剖学的関心を視覚化する<透明性>。<狂宴オルギア>を思わせる濃密な<エロス>の圧縮視像。

…官能性は、たんに欲望された客体が現前するだけでなく、その客体が変形されるときにはじめて呼び覚まされる

ジョルジュ・バタイユ(著)、山本功(訳)『文学と悪』

◆時空の<アナモルフォーシス>
 時間と空間の歪像アナモルフォーシスともいうべき世界によって、時空の無限性を形象化した版画家。
  共通の着想源:短編集 ホルヘ・ルイス・ボルヘス『バベルの図書館』
  星野美智子(1934-)…潑墨はつぼく、フロッタージュ、チャンス・イメージなどと通底する連想の力を磁場とする。「場」「記憶」「時」の「形式フォルム」を追求。時空と記憶の<パランプセプト(重ね書きした羊皮紙写本)>
  エリック・デマジエール(1948-)…幾何学遠近法を基部とする。夢幻の虚構空間を構築。

◆神話の<イマジネール>
 独自の神話体系ともいうべき世界観を有する版画家。
  エルンスト・フックス(1930-2015)…ウィーン幻想派の系譜。宗教・神話主題を変容。伝統的なイコンを独自の製法で錬成。
  藤川汎正ぼんせい(1940-)…東西の神話の海から自らの世界を想像。
  蒲地かまち清爾せいじ(1948-)…荒々しい刻線により神話を叙述し、破壊的・暴力的要素を臆することなく刻み込む。死のイメージ。

◆生・命・力―若きヴィジョネール/フラヌールたち
 捉えがたきものを捉える精神と手業によって版面に諸力を刻み、紙面に生命力を宿らせる版画家。
  池田俊彦(1980-)…永久とわの時を点刻の集積により仄めかし「死」さえ超越する「生」を称える。滅びを生きる。
  山田彩加(1985-)…森羅万象から「命」の原像ともいうべき姿形を精緻な描画により浮かび上がらせる。テーマは「命の繋がり」。
  西村沙由里(1988-)…力強い銅版画のマチエールにより命を帯びる超越的存在に「力」を仮託。テーマは「竜」。

◆語り、詠う幻像たち
 言葉を着想源としながら独自の文体様式スタイルをもって夢幻の世界を紡ぐ版画家。言葉の連なりと内奥に宿る力を糧として、自らの内に生じる夢想に形を与える。
  小林ドンゲ(1926-2022)…女の情念や美を追求。
  清原啓子(1955-1987)…愛読した幻想文学を糧に版画の物語性を探究。「幻想の結晶」。師は深沢幸雄。
  アンティエ・グメルス(1962-)…瀧口修造『妖精の距離』より「夜曲」を霊感源とした版画。天平の柔らかなマチエール。「絵は詩のごとく」

◆夢の敷居
 夢幻と現実の境域をもって見る者を別の世界へといざなう版画家。
 画中の額/枠構造=「作品世界(あちらー彼岸)」と「現実世界(こちらー此岸)」→境域そのものに重きを置く
  坂東壯一(1937-)…エッチングの線の集積と腐蝕の効果により、「闇」とその奥に潜む世界を版に刻む。
  渡辺千尋(1944-2009)…自身の内に広がる夢想の世界。粘性を帯びた刻線の集積。夢想の<フォルス>自己消失へのベクトル。

◆鏡像の宇宙
 版を鏡として自らの精神世界を版に刻む版画家。
 人間の内なる想像力(ミクロコスモス-自己)と、人間を取り巻く外の世界(マクロコスモス-他者)をつなぐ契機となる。
  加藤清美(1931-2020)…「向こう側の世界」見る者の精神世界を反射しながら夢想へ導く。
  日和崎尊夫(1941-1992)…「ビュランを持つ手はその記憶のままにつぶやき歌うのだ」
  柄澤齊(1950-)…連作『肖像』。他者の投射である肖像に自身の精神世界を投入。

◆腐蝕の傷痕
 生きながら死を見つめる末期の目をもって版を刻んだ版画家。
  ホルスト・ヤンセン(1929-1995)…「画狂人」。線刻-腐蝕による版-身体の毀損によって死と生が同棲。
  菊池伶司(1946-1968)…自身の疾患に由来する死を予感しながら、生の確証を版に求め刻んだ。「Etching は、俺の現実のクライマックスであって、なおかつその死体である…しかし、Etching は俺の現実のイマジネーションの断片であるがゆえに、いくらか俺自身と関係がある。」

以上、「小冊子」よりメモ

関連書籍

  • 『伝奇集』J.L.ボルヘス 作 , 鼓 直 訳 岩波文庫 赤792-1
    ISBN : 9784003279212
    …『バベルの図書館』は『伝奇集』の中の短編

  • 『菊池伶司 版と言葉』平凡社(出版社品切れ)
    ISBN : 9784582702699

関連した企画展

『銅版画 礼讃』
開催日:2024.8.31.sat-9.7.sat ←短い!
会場:不忍画廊(東京都中央区)
開廊時間:12:00 ~ 18:00
休廊日:月曜・火曜
内容:『幻想のフラヌール』展に感銘を受け、感謝とリスペクトを込めた銅版画のみの特別企画展。
渡辺千尋、門坂流、池田俊彦、菅野陽、駒井哲郎、 池田満寿夫などを展示。

https://shinobazu.com/exhibition-20240831/

感想

「幻想」をテーマにしたコレクション展…と、思う。展示リストに所蔵先の記載がないので、たぶん全て町田市立国際版画美術館所蔵…と、思う。
所蔵品のコレクション展だが、企画協力に美術評論家の相馬俊樹氏を迎え、一味違うスパイスの効いた展示になっている。

相馬俊樹氏を存じ上げず、著作を検索したら”エロス”"責め絵"などがヒットしてドキドキしたが、展示期間が夏休みとあってか、10代向けのワークシートもあり。コンサートや楽しそうなワークショップもあり…講師・池田俊彦の「幻想採取 コラージュで作るイメージの標本匣」なんて、めっちゃ参加したいんですがッ!学生に戻りたい!(このワークショップはすでに終了)

展示室入り口で配布の小冊子(無料)

展示室入り口の受付に A5サイズの小冊子が置いてある。
これは、ぜひ手にとっていただきたい!(無くなり次第終了)
相馬俊樹氏と学芸員・藤村拓也氏によるテキストで、展示作家一人一人に丁寧な解説があり、参考文献リストもある。中央見開きには小さいながらも13点、展示作品の画像もあり。
展示室内のキャプションは、ここからの抜粋のようです。
↓このページの一番下、【小冊子(PDF)】からダウンロードもできます。


展示室に入り…
ワタクシ、暑さもあり、ちょっとぼんやりしてまして、撮影可と撮影不可の作品があるのはわかっていたのですが、撮影不可の表示があるのがダメなんだと勝手に思い込み、スマホを向けて注意されました。
基本は撮影不可で、撮影可の表示がある作品だけ撮影OK。
この辺り、美術展によっていろいろでウッカリしてしまいました。
同じ美術館で同じ作品でも、撮影可だったり不可だったりするし、難しい。

小心者なので初っ端から動揺してしまいましたが、気を取り直して先に進みましょう。
全9章。各章2〜3名の版画家の作品が展示。
外は酷暑だが、冷んやりした美術館で幻想世界を散策するのは楽しい。
以下、いくつかご紹介。

◆刻線の魔力
今年2月に『新収蔵作品展』で知りファンになった門坂流の作品が10点展示。内1点撮影可。
門坂流に"線描の魔道士"の二つ名がついているのにビックリ。
腐蝕の魔術師・駒井哲郎とか、黒の版画家・長谷川潔とか、版画家の二つ名は黒魔法使いっぽい。
門阪流に二つ名つけるなら、私なら"風"の字を入れたいが…うーん、どんなのがいいかな〜…と、早くも脱線…

3-5 門坂流《荒波》町田市立国際版画美術館 蔵
…赤い壁の特等席

◆時空の<アナモルフォーシス>
ホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編『バベルの図書館』から着想した、エリック・デマジエールと星野美智子の作品が向かい合って展示されていて、面白かった。
『バベルの図書館』は読んでみたいと思いつつ未読だが、あらすじや設定を見ているだけでワクワクする。

◆神話の<イマジネール>

12-2 蒲地清爾《蜃気楼》町田市立国際版画美術館 蔵
…単眼鏡があったほうが楽しいかも


◆鏡像の宇宙
柄澤齊の《肖像》シリーズ。ランボー、ボードレール、ルドン、ムンク…などの捻りのある肖像画。そうきたか!と、楽しい。
…泉鏡花が溶けてる〜…

23-5 柄澤齊《肖像 XVI マティアス・グリューネヴァルト》町田市立国際版画美術館 蔵
…黒っぽい作品はどうしても背景が写り込んでしまう

◆腐蝕の傷痕
菊池伶司は初めて知った。
尿毒症で22歳で死去。亡くなる一年ほど前から版画作品を集中的に作成。
自身の病巣を解剖し標本化したような作品。
自らの手を版に押して腐食させた作品が生々しい。
2007年にNHK新日曜美術館で特集があったらしい。見たかったな〜。
NHKだし、アーカイブとかないかな。

25-12 菊池伶司《題名不詳》町田市立国際版画美術館 蔵


まだまだ、知らない作家がいっぱいだ。
遅くなってしまったけれど、出会えてよかった。
また会いたい。

<気になった版画家>
木原康之:トルコブルーの背景に白銀の線。顕微鏡で未知の生命体を見ているよう。
エリック・デマジエール:『パリのパサージュ:拡大計画』歪み傾いた建造物に酔う
日和崎尊夫:レースのような、生き物のような…
菊池伶司:自身の病に冒された身体を見つめ、観察する


同時開催:『飯田善國の版画と《彫刻噴水・シーソー》』

常設展示室で同時開催。こちらは入場無料。撮影可。
ウィーン留学時代の銅版画、詩人・西脇順三郎とのコラボレーションで生まれた『クロマトポイエマ』『うしなわれないことば』などの版画作品、《彫刻噴水・シーソー》構想時のドローイングや改修工事の様子などを展示。

11 飯田善國『クロマトポイエマ』より表紙
I は黄色など、飯田が定めた「色の法則」に従い文字が結ばれる
構想時のドローイング

美術館の帰りに芹沢公園の《彫刻噴水・シーソー》を見て涼んで帰ろうと思ったら、故障中。

…空にも暗雲が…

《彫刻噴水・シーソー》は飯田が手掛けた野外モニュメントのうち、現役で動いている最大級のもの。
なんとか頑張って復旧して欲しい。

美術館ショップ:門坂流『Drawing Works』(不忍画廊)

美術館ショップに門坂流の画集があった。
うわ!これ見たことない!
2006年に不忍画廊から出たもので、税込1650円。
ここで買っておかないと絶対後悔すると思い購入。

大変シンプルな表紙
…教本みたい
22作品掲載。若い女性や少女を描いた作品が多い。
あとがきは美術批評家・石川翠氏。

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