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ジュエリーアイ  ③

 お昼休みはいつも同僚のルルナと過ごしている。ルルナは来月結婚するので、最近の話題は結婚式のことが話題の中心だ

「でね、ドレスはこれに決めたの」

ルルナが一枚の写真を見せてくれた。私は彼女から写真を受け取ると、休憩室のわずかに灯されている電灯に照らしながらじっくりとみた。薄明かりの中でも眩く見える白いマーメイドドレスは、彼女によく似合っていた。

「素敵ね!ルルナを引き立てるドレスだわ」

「本当?嬉しい!」

 ルルナの眼が薄暗い中でもキラキラと光っている

 ルルナは100人もいる同期の中でも一番仲がいい。入社当初の研修で同じグループになったのがきっかけで仲良くなった。明るく素直な彼女のおかげで、入社当時は引け目を感じて人の眼が見れなかった私は、今では口角を上げて挨拶できるようになった

 今は仕事だけが、私の居場所になっている

 仕事を終え、退社前には30分ほど暗い部屋で眼を閉じてから階段へ行く。それでも階段を降りる時には、しっかり手すりを持たないと、階段の先に広がる暗闇に飲み込まれそうになる

実際、階段から転落してしまった人も少なくない

転落してしまった人々の多くは、「暗闇に吸い込まれる恐怖と同時に、それに身を任せたい高揚感も感じて、手すりから手を離してしまった」と言っていたそうだ

私はいつも階段を降りるときにその言葉を思い出してしまう

 いつか、その暗闇の魅力に私は飲み込まれるのだろうか?

毎日、その言葉が頭の片隅によぎりながら、私はしっかりと手すりを持って一歩一歩降りていくのが日課になっていた

そして階段を降りきると、「今日も私は、大丈夫だった」と安堵するのだ

 ビルを出ると薄暗い通りをひたすら歩き、私は家に着く。26年住み慣れた家は、世界が変わっても変わらずそこにある

 明るい父、のんびりや母、しっかり者で真面目な姉、姉を慕う私、甘えっ子の弟。平凡でも、楽しい毎日をおくっていた

 世界が薄暗闇に包まれて数年、大抵の人は現実を受け入れて生きていくが、受け入れられず沈んでいく人々もいる

 父もその中の一人だった

トレードマークだった明るい笑顔が消え、薄暗い世界に絶望しながら沈んでいく父に、母は寄り添うように一緒に沈んでいった。暗い家の中でお互いに支えながら、彼らはどうにか生きている

 今まで両親が私たちを支え養ってくれたように、これからは私たち姉弟で2人を支えていこう

当初、私たちは高まる連帯感と使命感に燃えており、充実感さえ感じていた

 ジュエリーアイができるまでは 

 

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