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ジュエリーアイ  ➉

 でも......私はクリックできなかった

 就業時間を知らせるベルがなっていたのが分かっていたが、私は動けずにいた

「どうしたの?」

 隣の席の先輩に声をかけられて、私は我に返った

「すみません。ぼうっとしちゃって」

 先輩は少し周りを気にしながら、私に顔を寄せてきた

「体調悪いなら、仕事代わろうか?急ぎの仕事があるんでしょ」

「え、大丈夫です。本当にぼうっとしちゃっただけなので」

「代わるよ。前に代わってもらった借りも返したいしね。返せなくなる前に」

 返せなくなる?その言葉に私が反応すると、先輩は私の机の上に置いてあるデスクトップのパソコン画面を見つめたまま言った

「私、ジュエリーアイを入れないことにしたの」

「来週でしたよね?手術」

 ジュエリーアイを入れない人が身近にいることに、私は驚いた

「なんかさ、自分の眼を人工眼に替えることに疑問を持っちゃったの。分かってるよ。今の状況に適応させるためには、人工の眼が必要だって」

 私は言葉が出なかった

「両親に疑問を持ったことを話したら、頭がおかしいって言われたわ。泣かれたし、怒られたし、脅されたし......。でもそれで、人工眼は絶対入れないって吹っ切れた」

「どうするんですか?これから」

 私たちの部署、つまりこの部屋にいる者はみんなジュエリーアイの手術を待つ者ばかりだ

ジュエリーアイを待つ人々のために政府からの支援で、特別に貴重な電気を会社に送ってもらっている。ジュエリーアイを入れた後も会社が雇い続ければ、電気供給の量は少なくなるが、支援は続く

私たちはジュエリーアイを待つという条件で雇われており、手術をしないということは電気の供給がその人分減らされる。ギリギリの電気量で業務をこなしているので、会社にとっては痛手となるのだ

「ここにはいられないから、辞めることになるわ。実は家もでちゃったの。今は、TFCに身を寄せているんだ」

「TFCって、あのTFCですか?」

「そうよ」

 TFCとは、The Freedom of Choices (選択の自由)という略で、人工眼を受け入れない人々が立ち上げた組織だ。ジュエリーアイが出始めた頃に、その組織がよくチラシをビルの前で配っていた。じっくり読んだことはないが、「自然に争うな、共存、人類は滅びゆくことを受け入れよう」という過激な謳い文句が目につく内容だった

徐々に過激さが増し、各地のジュエリーアイの店に団員たちが大勢で乗り込んだり、店の前で大騒ぎしたり、ジュエリーアイを入れた人々を襲ったりし始めたので、警察がかなりの取り締まりをかけた。その後、組織の噂はあまり聞こえなくなったのだが

「まだ組織は続いていたんですね」

「表立っての活動が過激になりすぎてしまったので、一度解散して再結成されたの。今は集会をするだけよ。私みたいに家族に反対されている人も多いから、みんなで一緒に住んだりして、大家族のようだし、居心地もいいの」

 先輩はそう言って、私を見た

先輩の眼は黒い瞳が大きく美しく、そして潤んでいた

TFCについては、いまだにいろんな黒い噂が聞こえてくる。でも、いま私の眼の前にいる先輩は、とても幸せそうに見えた

 私が戸惑っていると、「仕事しなくちゃね」と先輩は微笑んで、私の仕事を代わってくれた


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