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ジュエリーアイ   ⑫

 あれからリアンと何度か会ったのだが、結局私は何も言えないまま、リアンとの約束の日を迎えた。今朝はリアンと会えなかったが、私は少しほっとしていた

 いつものように仕事の机につくと、デスクライトの下に紙が挟まっているのに気がついた。眼をしっかり明るさに慣らし、紙を引き抜こうとしてそれが自分宛の手紙だと分かった。周囲を気にしながらその手紙をそっと開けてみた

ー エナへ

  今までありがとう。一緒に働けて楽しかった。もし、私たちの活動が気になったら、かつてのブルームーンの前にある赤い郵便ポストに手紙を入れて。                                カリナ

 先輩からの手紙だった。隣の机を見ると、卓上は綺麗に片付けられており、先輩がいつも飾っていた家族写真がなくなっていた

 私は、手紙を折りたたむと自分のカバンにしまった

 気持ちを切り替え仕事に没頭していると、時間はあっという間に過ぎていく。休憩時間も仲の良い同僚たちとルルナの結婚式の様子を聞きながら、はしゃいで過ごした。終業のベルが鳴り、私はいつも通り眼を休ませるために、暗い部屋に入ったが、落ち着かずにすぐに部屋を出た

 10階の階段の踊り場から階下を見ると、四角い螺旋階段の先はとても暗く、まるで先が見えないように見えてしまう

 私は手すりを離さないようにしながら、一歩一歩降りていく。タン、タンという自分の足音が、大丈夫、私は大丈夫、という励ましの音に聞こえてくる。と同時に、暗闇の深さに引きずりこまれる錯覚を覚えて、私は何度も立ち止まった

 先が見えないように思えた階段の先に、ようやく一階の薄灯りが見えてきた。私は大きく息を吐き、残りの階段を降りきった

 会社のビルをでて、歩き出す

 ふと思いついて、かつてのブルームーンに寄ってみた。ブルームーンは薄暗闇になる前にジャズバーとして人気があった場所だ。私も友達と何度か行ったことがあった。その店の前には赤いレトロな形のポストがあり、よく客が珍しがって写真を撮っていた。会社から近い場所に店はあったのだが、閉店してからは行っていない。店の前に着くと、そこはかつての賑やかさが思い出せないほど廃墟になっていた

しかし、あの赤いポストは錆れながらもまだあった

 ポストの前に立ったまま、私はなぜか動けなかった。今夜は穏やかな風が吹いており、その風が私の前髪をゆらし、髪先が目元にかかった。私は前髪を払いながら、自分の瞳をよく見たのはいつだったのか思い出していた 


 

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