<ソロカバー曲短編小説> 少女、レイ ~上~

<注意書き>幽夏レイさんのソロカバー曲(焦点を一つに当てたかった)を投稿順にかつそれぞれの歌詞から読み取れる情景をモブ視点で、自己解釈で繋ぎました。
この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

第一章


ぽちゃん。ちゃぷん。水泡が耳元を通り過ぎていく。
水の中を漂う海月になったようだ。ゆらゆらと揺れる。流されるままに、ありのままに。
自分の意識とは裏腹に世界が回る。ぐるぐるぐる。
次第に音に色が付き始める。淡い青から紫。
クスクスと少女は笑う。
迦陵頻伽(かりょうびんが)、セイレーンの声。膨れ上がったと思ったら泡のように消える。美しくも儚い歌声。見てしまった。魅せられてしまった。

途端、硬直。

自由を失う。さっきまで流れのままに動いていた体はただ一点に縛られる。
なのにあなたは満足気に笑ってどこかへ行ってしまう。
行かないでくれ。出会ってしまったばかりにここから動けなくなってしまった。
世界はそれでも回る。ぐるぐるぐる。回るのは景色だけ。伸ばした手が空を切る。
ぽちゃん。ちゃぷん。水泡が耳元を通り過ぎていく。


第二章

どれだけ時間が経っただろうか。体に絡まっていた何かはいつの間にか消えていた。
足が、届く。浅い海底の砂泥を両の足でしっかりと踏みしめる。ぬるりと足に纏わりつくそれが障害になり前に進むのが億劫だ。
しかし留まる怖さ、記憶が肌を伝う。無理矢理前へ体を捻じ込む。
砂浜まであと少しのところまできて目が丸くなる。
事実は小説より奇なり、とはよく言ったものだ。

そこで少女が踊っていた。

少女は跳ねるように踊る。
くるくる。ぴょん。すとん。
軽やかに回る。蝶のように舞い、足音も立てずまた踊りだす。
はは、思わず笑ってしまった。近づいてもっとよくみてみよう。
一歩、また一歩踏み出す。と、ここで気づく。彼女の足元に広がる轍のような赤に。

バッ。見上げた先には、足の裏に滲む血の紅、目元に微かに浮かぶ涙の輝き。そして少女のさらに奥には沢山の傍観者たちが立っていた。
モノを見るような冷ややかな視線を一身に集めながら、そんなことをしても意味がないよとでも告げたげな視線を薙ぎ払いながら、それでも少女は『否』を踊り続ける。

踊りは彼女にとっての反抗声明。有象無象から浮き彫りになった彼女が眩しい。
気付けば周りに人がいた。有象無象たちが居た。嗚呼、彼らは僕だったんだ。
いや、だからこそ僕だけは彼女に寄り添い続けよう。
肩にぽんと感触を感じる。

それでも少女は右に曲ガール。


第三章

どれくらいの時間が経っただろうか。数年、数十年、数百年、もしかしたらたった数秒しか経っていないのかもしれない。だが周りには僕一人を残して誰もいなくなっていた。

足の裏には潮を含んだ湿り気の強い砂、目に見えるは満ち引きする波、少し視線を外すと、ただ一直線であり続ける水平線が広がる。
自分がまっすぐ立てているのか甚だ疑問だったが目の前の残酷なほどに美しい空の切れ目にあやかって辛うじて平衡感覚を得ることができた。

辺りを見回す。無数の足跡、彼女らが確かにここに居た証に唇を噛みしめる。
あの少女がどうなったのか、周りの人間たちがどこに行ったか、今となっては分からない。
ざぁざぁ。波の音が耳元にこびりつく。僕しかいない筈の砂浜で絶えず音がこだまする。その音すらも僕を馬鹿にしている気がしてきた。
「やめてくれ」
お門違いにも吐かれる妬み嫉み。それが白い雪となり、ぽつり、ぽつりと降り始める。
大衆に流されずに踊り続けて輝いていたあの子、一緒に居ようと決めたあの時の気持ちはとうに風化して失せていた。
眩しかったんだ。眩しすぎたんだ。それでも正しくあり続ける姿が怖かったんだ。見ている自分が醜く思えてきたんだ。

ザッザッ、僕は上書きするように雑に辺りをならしていく。
さもそこには”誰もいなかった”かのように。

ひととおりの砂遊びを終えて小休憩。腰を落ち着ける。
しんしんと降っていた吐瀉物のような雪はすでに止んでいた。
望んでいた静寂。
それなのに晴れないどころか残った厳しい寒さが皮肉にも僕の体を蝕む。
因果応報。でもそれも認めたくなくて必死に耐えた。

薄れる意識の中、あの時の輝きを思い出す。嗚呼少女、叶うならまた会いたい。謝らせてほしい。すまなかった。

潮風がそっと息を吹きかける。ろうそくの火が消えた。


第四章

からからと古臭い音を立てる映写機、かび臭い室内。
そこで目が覚める。

前後の記憶が無い。状況もうまく呑み込めない。
許されたのはひたすら砂嵐を映し出すスクリーンを見つめること。

視界の端に人影が映る。幼い少女が居た。年のころはまだ15もないといったところか。泣きつかれた跡か目元に薄いピンクが走っている。
手足、足先は可愛らしい顔とは裏腹に傷がいくつも残っていた。

”残っていた”?

自分の口から突いて出た言葉に違和感を感じる。僕はこの女の子を知っている。微かにこめかみが痛む。
ずっと眺めていたら少女がこちらを向いた。
目が合う。
前を向いていた時のぬけがらのようだった少女の顔に色が付く。
深い、深い青。拒絶の蒼。

ガタン。

何故か、立ち上がる少女の手を僕は取っていた。少女はふるふるとこわばった表情で離せと伝えてくる。
『はい、分かりました。』と離せばいい話だ。それ1・2・3。

それでも握る。固く、握りしめる。
自分が何をしているか分からない。嫌がる少女の顔が胸に突き刺さる。

理屈ではない。理性ではない。体が覚えている唯一の執着が”現在”を離さない。

ぽうっ。ろうそくの火が付いた。

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