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トンネルの向こう側に❶或る女の場合

そのトンネルの門番の男は言った

あなたは、本当にこのトンネルの向こう側に
行きたいのか?
二度と戻って来られないこともある。
大丈夫か?

ここは、余命が見えてきた者が
連れて来られるトンネル

そのトンネルの前に 
私は いる

そのままの余命は、思っているより
長いのかもしれず

トンネルの向こう側を辿る命の方が
長いのかもしれず

私は 迷っていた

どちらが長いのか
どちらが幸せで
どちらが不幸せなのか
知らされることはない

門番の男は言った

トンネルから戻って来た者は
一人もいない
だから、自分はこうして
門番をしているのだ

トンネルの向こう側には
何があるのですか?
私は、門番の男に
尋ねた

門番の男は
ぶっきらぼうに言った
そんなものは、自分で確かめるより
他はない

門番の男は
一度も、向こう側を見たいと
思ったことはないと言う

トンネルの前で考えているうちに
一日経ち
二日経ち
三日が経とうとしている

トンネルの前で 
向こう側へ行くべきか 
行かないべきか
考えることのできる時間は
三日しか与えられていない

私は仕方なく 
決断することにした

トンネルの向こう側に行くことを
決めたのだ

トンネルの中は
暗闇でもあり
光に照らされているようでもあった

長く続く 
音のない時間を過ごし
トンネルの向こう側を目指した

かすかに
向こう側の出口らしきものが
見えてきた

トンネルの向こう側から
明るい光が
差し込んできた

何かが 浮かび上がった

目を凝らしてみると
それは、十代の頃の私だった
手には大切なものを抱えている

それはあの頃の夢だ

誰かがささやいた

もう一度、あの頃の夢を
迷わず抱きしめた者は
あの頃の夢と一緒に
生きて 向こう側で
暮らすことができる

もし、あの頃の夢を
迷って抱きしめず
手放してしまった者は
その瞬間
この世界を去ることになる


私は ためらわず
十代の頃の自分と
忘れてしまっていた夢を
抱きしめた