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短編小説 Ken。

「今日から、ここがお前の家だぞ~。」
 2DKぐらいのマンションの一室に声が響く。
 僕は聞きなれない声にビクッとしながら、キャリーバッグの中で身をすぼめる。

「そんなに怖がらなくてもいいよ。」
 そういいながら、”その人”は僕を優しく抱き上げ、バッグから出してくれた。

 僕は一見、血統書付きのように見えるのだが、実はミックス犬。ペットショップの売れ残りだ。
 そんな僕を毎日のように見に来てくれる男性がいた。
 ペットショップの店員と何やら話してる・・・。
 どうも僕のこと、ミックス犬ですが構いませんか?と確認をしているようだ。


 僕はこの男性に買われた。


「さて、喉が渇いてない?」お皿に水を入れてくれた。僕は、鼻をヒクヒク臭いを嗅いで安全を確認。恐る恐る飲み始めた。
「オッ、やっぱり喉が渇いてたんだな!じゃあ、ご飯も食べるか?」そう言いながら、別のお皿にご飯を入れてくれる。いつもペットショップで食べていたカリカリのご飯。これは確認の必要もないので食べ始める。

気が付けば夢中で食べていた。

 男性が僕に手を近づけてきたので、これも確認。その手は優しく頭をなでてくる。最初は緊張もしたけど、徐々に慣れ始めその手に体を委ねる・・・。

「さて、今日から君は僕の家族になるわけだし、名前を付けないとな。」
 僕の顔を見ながら、男性はいろいろと名前の候補をあげてくる。
「ジョン、当たり前すぎるか・・・」
「エリザベス、お前、オスだもんな・・・」
「新之助。いやいや、変な子になりそうだ・・・」

 さんざん悩んだ挙句に思いついたように男性が僕を抱き上げた。
「そうだ、お前は”犬”だもんな!だから”Ken”にしよう!」
・・・結局、安直な洒落で名前が決まってしまった。


 その日の夕方、男性は散歩に行こうと僕にリードをつけようとしたのだけど、体に変なものが纏わりついて気持ち悪い・・・体をゴニョゴニョしていると、「気持ち悪いかい?初めてだもんな。悪いんだけど慣れてくれよな。」と笑いかける。仕方ないか・・・慣れるまで我慢しよう。

 初めての外に緊張というか恐怖が走り、玄関で踏ん張ってると「あ、そうか、ゴメンゴメン怖かったね。」僕を抱き上げ外に連れ出してくれた。

 近くの公園で僕をゆっくりと降ろしてくれて、おっかなびっくりと地面に足をつける。

 初めて臭う土と草、全身の毛を撫でるかのようなやさしい風。僕は夢中で嗅ぎまわった。
 細い木が目に映った時に、体にブルっと感じるものがあって、片足を上げてなんとも言えない解放感を感じていた。
 公園にいた人が何やら男性に話しかけている、それに対し男性は頭を下げている。「Ken、どうやらオシッコをした所には水を掛けて流さないといけないみたい。これからはペットボトルに水とうんち用に袋を持って来るよ。」と僕の頭を撫でながら笑いかけてきた。


「あ”~!Ken、やったなぁ~!」僕はソファに「粗相」をしてしまった。
 ”主人”は、う~んと考えながらソファを掃除している。その後、どこかに電話をしてすぐに切った。「そうかぁ~、いつも外でおしっこしていたから気づかなかったけど、部屋にもトイレが必要なんだね。じゃぁ、トイレを買いに行こうか!」僕を自転車のカゴに入れてゆっくりと走る。いつもと違う流れる風景が気持ちいい。自転車はペットショップへ・・・その日から、トイレが部屋の中に置かれるようになった。


 次の日も、自転車のカゴに乗って風を切る。知らない所にやって来た。そこには沢山の”犬”がいて、何故かみんなおとなしい・・・
「次の方、どうぞ~」の言葉に僕を抱きかかえてドアの奥に入る。テーブルのような台の上に降ろされた。
 知らない人が、僕の体のあちこちを触ったり掴んだり口を開けさせたりといろいろしてくる。「じゃあ、押さえておいてくださいね。」の言葉と同時ぐらいに下半身に痛みが!「キャン!」思わず声を出すと「大丈夫だからね~お注射、すぐに終わるからね~」と女性の声が聞こえた・・・。



 ”主人”は毎日、朝と夕方もしくは夜に散歩に連れて行ってくれる。お昼は、僕一人で部屋でお留守番。この時間が永遠にも感じるぐらい長く感じる・・・。
 
 ガチャと鍵を開ける音がして”主人”が帰って来た!喜んで玄関に走って行くと、知らない女性の人が立っていた。
「Ken、紹介するよ、僕の彼女だよ。仲良くしてやってくれよ。」「Kenちゃんって言うんだ~、よろしくね!」女性の手が伸びてきたので、頭を突き出す。やわらかいその手はゆっくりと僕の体を弄ぶ・・・。すっかり、”魔の手の虜”になってしまった僕はおなかを見せて愛撫を堪能していたら、「もう仲良くなったのか、すごいな!」「フフッ、でしょう~実家で飼ってんのよ。」そんな和やかな時間が過ぎていった。


 その彼女は毎日のように現れ、僕と一緒に散歩に行く。”主人”よりも慣れている感じがして心強い感じもするし、僕に”芸”も教えてくれた。
 その”芸”を”主人”に見せると、大喜びをしてくれて、僕を撫でてくれる。これがうれしくて、これをして欲しくて毎日いい子にしている。


 ある日、”主人”がなかなか帰って来ない事があった。夜の散歩の時間を過ぎても帰って来ない・・・どうしたんだろうと、心配と寂しさでいっぱいになっていると、玄関の鍵が開く音がした。急いで玄関に走って行くと、”主人”は玄関に座り込んでいた。酒臭い・・・。

「Ken,俺、彼女と別れちゃった・・・。他に好きな人ができたんだって・・・」”主人”が僕を撫でる手は、かすかに震えていた。その日、僕は”主人”のそばから離れなかった・・・。



 ”主人”の悲しみから一年が過ぎた、ある休日のこと。僕たちはいつもの公園に遊びに来ていた。ボール遊びやフリスビーなどで遊んでいると、知らない女性が、僕と似たような犬を連れて散歩に来ていた。
 初めは、あいさつ程度での仲だったが、次第に世間話をするようになり、僕たち”犬同士”も仲良くなっていった。

「ワンちゃんの名前は何て言うんですか?」と女性が”主人”に聞いている。
「犬ですからね、Kenと名付けました。そちらのワンちゃんの名前は?」
「私、花が好きなので最初は”花”ってつけようかと思ってたんですけど、それじゃどうもって思ったので、”花”→”フラワー”から、”フラ”になりました。安直でしょ?」
「僕と変わらないですね、そのネーミングセンスは。」
 ”主人達”はお互いに笑っていた。こんなに笑う”主人”を見るのも久しぶりだな・・・そう思うと、僕もうれしかった。



 それから、数週間後のある日の夕刻”主人”が帰って来た。いつものように急いで出迎えると、”その女性”も一緒にやって来た。
「Ken,僕たち付き合うことになったんだ。」
「よろしくね、Kenちゃん!」

僕は「ワンッ!」と一声、吠えた。

—完ー

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