記憶を辿って
どうも。ゆーやでございます。
時が流れるのは早く、大学に入学したと思ったらもう4年目。速い…!
僕は師匠のアンサンブルをラフォルジュルネで見てからこんな人になりたい!と思い今に至ります。
アンサンブルを立ち上げると色んな事がありますよね。メンバーの気持ちや技術、メンバー同士の良し悪し、性格など考える事は沢山あります。
どんなにカリスマ性、まとめ上げる力があったとしても壁は立ちはだかる物です。今僕はそんな壁に当たっているのかなと思います。
これは単に“自分と相手”ではなく、“自分と相手と世間”だと思います。
僕たちは打楽器アンサンブルなので楽器や場所、準備や打ち合わせに多大な時間がかかります。そして今はコロナ禍である以上、誰かの体調が危うければ無理してまでも合わせをする事は出来ません。
体調管理も練習の内と言いますが、あくまで相手も他人なので声を掛けることしか出来ません。僕の身体を守れるのは僕だけですが、相手の身体を守るのは相手だけです。これはどう足掻いても変わらぬ事実ですからね…受け入れるしか無いですね。
方向性が違っていくのも考えられます。みんな生きている過去が100%違うので影響した音楽、感性、表現したい事等すれ違うに決まってます。それを上手く形にするのは良いのですが、ここで人間性の問題が発生します。アンサンブルをやっている以上誰かが折れなくてはいけない事があるのですが、主張ばかりしていると折れる気にもなれないですよね?しょうがない事なのですが…
個人練習の時にこうしたいと言う思いを持って練習することは良いですが、それが空回りしてしまうと厄介ですよね。そう言うのを防ぐために何回も合わせをして作っていくのに合わせに出れなかったり、練習不足だったり。やりたい事、もっと完成度を上げるためにはどうすれば良いか模索する時間が譜読みの時間になってしまい無駄しか生まれません。時間だけで無く空気感も重くなります。
メンバーは学生で、僕のアンサンブルが最優先では無いので強くは言えませんが、最低限の事はこなしていくことの出来る人間になりたいなと思います。
ここでちょっと宣伝
厳しい環境の中撮った曲があるので是非聴いてください。
音楽は楽しい物ですが、それまでの準備は辛い物です。それらを乗り越えて楽しかったと言える音楽は気持ちの良い物ですが、心残りのある音楽は…
色々と準備が間に合わない事もあったのでリベンジしたい1曲です。
と言うわけで、アンサンブルについて色々考えている事を書いてみました。
ではなぜアンサンブルを始めたのか?
それは始めにも述べたようにラフォルジュルネで男群を見たからです。
あの時の感動をもう一度と思い先日国際フォーラムへ行ってみました。
あの時何を演奏していたかは覚えていませんが、夕日が沈み始めている時、背中からとても明るい、真っ赤な夕日が差していて感動したのは忘れていません。
今は開催できていませんが、ラフォルジュルネが開催された時に僕の集団がここで演奏できますように…
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