見出し画像

【短編】 すずかけ通りで

木枯らし吹く2月上旬のある日。

妻と買い物に出掛けた帰り道、私はいつも真っ直ぐ進んでしまう小さな交差点を左へ行ってみようと提案した。
「は?なんでよ」と言いながらも表情は全く嫌そうじゃない妻と、近所でありながら初めて歩くこの細い路地には、すずかけの並木がおよそ200mにわたり続いていた。
「この木って、何?」妻はすずかけを知らないようだ。
「すずかけだよ」
樹木、特に都市の街路樹や緑地帯の植生が好きな私は、実はこの路地は以前より気になっていたのだ。

しかし、葉を全て落とし実をたくさんぶら下げた冬のすずかけは、私の好きな姿ではない。

切れ込みのある大きめの葉と、迷彩柄のような木肌が美しく見えるのはやはり秋だ。

「ふうん。幹の色、何だか変わってるね」
樹木など興味がない妻にとっては、この程度の感想が関の山だろう。

買い物帰りという事もあり、その日は妻に忖度し早めに切り上げた。

季節は巡り、晩夏というには暑すぎる週末の午後。
所用を済ませた帰宅途中、あのすずかけ並木の路地の前に立っていた。
「呼ばれた気がした」というのが正しい表現かもしれない。

今日は妻はいない。緑に生い茂る並木道を堪能して帰ろうと脚を向けたその時、夏の終わりには不似合いな乾いた風が一閃。

砂ぼこりの先に目を凝らすと、女の子が立っていた。
突然目の前に現れた少女に私は少し驚いたが、それよりその少女の佇まいというか、放つオーラのようなものに圧倒されていた。

少しあどけなさの残る、西洋とも東洋とも言い難い美しい顔立ちに、シンプルな衣服。日本の作務衣と古代ギリシャ人の「キトン」の中間のような布を纏い、こちらを見ている。

「き、君は・・?」
恐る恐る声を掛けると、少女は「そろそろかな、と思って。」と返す。
私は直感でこの子が【樹の精、またはすずかけの精】のような存在であると確信した。
「何がそろそろ、なのかな」
「うん。このたちがかがやく季節がそろそろ来るの。一年のうち、秋に一番命を燃やすように色づくんですから」
私は「この=すずかけ」であることはすぐに分かった。

「もう少ししたら、またここに来てね。じゃあ、バイバイ」
「あ、待って。君がこのすずかけ達を色づかせるの?どうやって?もう少しって、いつ・・」
言いかけると同時に再び乾いた風。気がつけばもう少女はどこにもいなかった。

ここから先は

315字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?