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【短編】地方都市へようこそ

遠くに連山を望む、比較的新しい住宅地。
15キロという「最寄り」とは決して言えない距離を、これまた比較的新しい駅から走ってきたタクシーが止まり、男性が降りてきた。

「ふー。やっと着いた。景色はいいし、空気も美味しい」

大都市圏からだいぶ離れた、地方の新興住宅地にその男性、本田は移住者としてやってきた。
週1で出社、あとはリモートワークが可能な仕事を選び、本田はかねてから望んでいた地方での生活を始める。
趣味のトレッキングや釣りを存分にやりたいという事もあったが、何より自然に近いところで暮らしたかったのだ。
荷物の片付けもそこそこに、役所へ各種手続きに向かった本田が目にしたのは、美しい山々を借景にした近代的でスタイリッシュな建築物だった。

「これが市役所か。すごいな。お洒落すぎる」

どこかの美術館かと見紛うばかりの建物にただ感心しながら入っていく。インフォメーションカウンターで利用者対応していたのは、AI搭載と思われるロボットだ。
今は2038年。ロボットが案内、対応する事はさほど珍しくはないが、昔あった「分冊百科」と呼ばれるジャンルの月刊誌で毎月少しずつ組み立てるロボットを思わせる、キャラクター化された可愛らしいデザインだ。

転入届など各種手続きを済ませると、スマホ端末にデジタル住民票が発行された。
そこに添付されているリンクから、市長のコメント動画を見る。動画の再生回数は20万回を超えているようだ。

「住民登録、ありがとうございます。ようこそ、○○市へ。市長の佐藤です。いかがですか。この素晴らしい自然。そして自然の中に身を置きながら満喫できる洗練されたスマートな住環境。満足度の高い市民サービス。きっとあなたもこの地で長く暮らし、豊かな人生を謳歌していただける事と思います。そして・・」

動画長えな(笑) と思った本田は、面倒くさくなって視聴を途中でやめた。
こうして会社が借り上げている一軒家で悠々自適なリモートワーク生活を始めた本田は、満ち足りた気分だった。

「最高の環境だ。もっと早くこうすれば良かった」

市長の言う通り、自然環境はもとより、住民サービスの質が極めて高いのだ。東京23区など比べ物にならない。
提携しているスーパーマーケットは、24時間365日ネット注文ですぐ商品を届けてくれるし、市内至るところにカーシェアリングのポイントが整備され、車など所有していなくても全く移動には困らない。

病院にかかっても健康保険証を提示すればすべて診療費は無料だ。
こんな素晴らしい地方自治体が他にあるだろうか。まさしくここは安住の地だ。

移住して1年が過ぎた頃、本田は違和感を覚える。

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