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家の外で食べてはいけません

「明日のお弁当、味噌おにぎりがいい」

小学生だった気がする。遠足か何かだったのだろうか。
とにかく私は母に「味噌付けおにぎり」をリクエストした。
だが、だめよ、と即答されて納得いかず「なぜ?」と聞いたら母が言った。

「傷んじゃこまるし・・・なにより恥ずかしいでしょう」

お弁当が傷む、そう言われたら仕方がない。ただ「恥ずかしい」の部分は分からなかった。
実は今もちょっとだけわからない。

小さい頃からスイミングスクールに姉妹で通っていた。毎日の練習になったのがいつだったかは覚えていないが、まぁ、頻度高く結構な距離をいつも泳いでいた。
子供だからお腹を空かせてしまうのだろう、いつも母は練習に行く前にすこしお腹にたまるものを私達に手渡してくれた。

味噌おにぎりは その中でも、私の好物だった。

細く出された蛇口の水に 母が洗った手をさっと通す。母の左の掌に収まるくらいのごはんが載せられ、細くて白い指が魔法のようにくるくるっと動くと、さっきまで怠そうな少し固くなったただの残りご飯だったものが、あっという間にドキドキしてしまうような三角形のピカピカ白いおにぎりになる。そうやって母は器用に小さなおにぎりをいくつか作り、ぱぱぱっと味噌をつけて出してくれた。

冷やご飯に味噌。母の使う味噌は大抵赤味噌か、赤の多めな合わせ味噌だった気がする。白味噌は冬に主に使うものだったからか、あるいは我が家の常備が赤味噌だったからか、味のコクが母の好みだったのか。実家の赤味噌は大抵仙台味噌だったと思う。味噌を買いに行き山型に盛られた味噌の名札に「せんだいみそ」と書いてあると教わって仙台の字を学んだから。母には故郷の味だったのだろう。
大豆の形が少し残った、こくのある味噌がほんの少し表面に付けられたおにぎり。そのくっきりした色のコントラストもいまだ脳裏に思い浮かべることが出来る。
当たり前だが味噌汁なんかより味噌の香りがふうんわりと鼻から届いて、ぱくつけば口の中でごはんのうっすらした甘みと味噌の塩味と香ばしさが混ざる。さらに強く良い香りが鼻腔内に少しの時間差をもって口のなかから届く。

正直 あんなに単純であんなに美味しいモノを 時々のおやつにしか食べられないのは残念で悔しかった。バナナや頂き物のクッキーなんか 味噌おにぎりの足許にも及ばないと思っていた。

実はそのあと、数回 母に食い下がったことがある。

ねぇ、どうして味噌おにぎりがはずかしいの。
あんなに美味しいんだもの、恥ずかしいなんて変だよ

大体はっきりした理由は返ってこなかった気がする。
ただ、一度母はこう私に言った。確かにはっきりと。

「味噌おにぎりは肉体労働者のものだから」

確かに一般よりすこしだけ恵まれた環境で育っていたのかもしれない。
けれど、母の口からでたその言葉が指し示すことを、「家の外で」「他の人の目のあるところで」「そういうものを食べてはいけない」そういった意味合いを 実は密かに嫌悪した。仕事をしている人はみんなすごいんじゃないの?労働者って、お父さんは違うの?(・・・私は子供でした)

いや、そういう時代だったのだろう。

母も充分「お嬢様」として育った人だったから、そういう「育ちが現れる」小さな事を娘たちには教えたかったのかも知れない。

学校帰りの買い食いはもちろん、食べ歩きは大分大きくなるまで許してもらえなかった。それらは旅行先での「かなり特別」なときのものだったと記憶している。(私が勝手にそう覚えているだけかもしれないが)

服も私は「いつも姉達のお下がりばかり」と思っていたが、実際かなりきちんとした服を頻繁に与えられていたと今になると思う。ちょっときちんとしたところへ行く時は姉妹4人とも「レースの靴下」と「エナメルの靴」を履くように言われた。もちろんそれに合う服で。

今4姉妹で写っている写真にあのころの「きちんとした格好」のものは、少なくとも私の手許にはないけれど、記憶の中にはありありと残っている。

例えば私は娘に同じことを言うだろうか。

恐らく言わない。でもそれは母を否定しているのではなく、時代が違うからだ。また、それ以上に私が海外に、アメリカの田舎に暮らしているからだ。そういう風に見る時代もあったようだよ、とは話すかもしれない。

でも もしも40年前に私が母の立場で、けれど今と同じ様に海外に暮らしていたら もしかしたら同じ事を言ったかもしれない。
「同じクラス(階級)のひとと付き合う」それは今でもうっすらアメリカにも残っているが、40年前だったら尚更だろう。

良い悪いの話では無いのだ。ただそういう時代だった。自分の身を守るために当然することだった。それだけのこと。

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今の私は、家で簡単なお昼ごはんとして味噌おにぎりを食べる。自分で握っても特別感があって美味しいが、やはり外に持っていくことはしない。

アメリカで味噌おにぎりを売ったら、そんな背景を知らないアメリカ人には健康志向ってことでウケるんじゃないかなぁ、そんなことを考えながら。

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