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Mrs. Blanc

お茶というのは
香りを戴くものなのよ
香りと一緒に その香りが連れてくる記憶を
(他の人に伝える必要もないほど大切な記憶を)
ゆっくり味わいながら

そう 私に教えるわけでもなく呟いていた
量は減ったのであろうが とても綺麗な白髪を 
ゆったりとまとめた女性
どこで会ったのだったか

お客様に出すとき 仕事の方ならコーヒーを
お友達なら美味しくて優しいストレートティー
一人で午後に飲むならフレーバーティーを選ぶの。
アレンジティーはあなたのような若さで楽しむものよ
話のネタに頂戴するのはいいけれど
お茶らしさが消えるものは 今の私にはもういいわ

手に年齢が出る、というでしょう。
本当よね、皮膚がほら、こうやってつまめてしまう。
表情を変えず 薄くなった手の甲の皮膚ををひっぱりながら
でもね 私はこの手は嫌いではない
手の甲をさすりながら考え事をしていたひと。

私が多くをしゃべっていた記憶はない。

あの女性は いつ どこで出会ったのだろう。
なぜ その人と座っていたのだろう。
覚えているのは 断片的なものばかり
そのときの日射し 遠くで聞こえるかすかな食器の音
遠ざかるかすかな足音 暖かな室内

滅多に飲まない紅茶を飲んでいたから思い出したのか
でも あまりに断片的で夢の記憶かとも思う
あるいは この香りが思い出させたのかもしれない

・・・ああ、思い出した。
一時期「お話相手」で毎週訪ねていたBlanc婦人だ。
なんともしっくり来るお名前だと思ったものだ。
 ※blanc, フランス語で白という意味

短い間だった。
でも 彼女について覚えていること
お茶の話 庭を一緒に歩いて教わったフューシャという花
言葉が不自由だった私
気遣うのも面倒なのよ、と態度に出しながらも
記憶という宝石箱を時々みせてくれたこと

香りが連れてくる記憶を味わいながら

私は 彼女のなにがしかの記憶の一部になれたのだろうか。
私には 全くツカエナイ自分自身 の思い出。

サポート戴けるのはすっごくうれしいです。自分の「書くこと」を磨く励みにします。また、私からも他の素敵な作品へのサポートとして還元させてまいります。