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切り取った景色を読む

ある企画に参加するために写真をこの2−3年分だけだが見返していた。

もともと、その方が嶋津さんからのインタビューをうけて仰っていたのだ、
「写真をみれば その人(の世界観)がわかる」と。
とても興味深かった。

プロに共感、とか、おこがましすぎるのだけれど、彼女が作っているマガジンの方向性に感じるのはその言葉が一番近い。

そんなひとと直接話せることはもちろん、「私の写真ってこの人には、そして他の人には何が見えるのだろう」と純粋に興味が湧いたのだ。

あらかじめ、ご自分で撮った写真を1〜8枚送って下さい。

そこにはこう書かれていた。8枚でも「え?!」なのだけれど、1枚、ってのもアリなんですか・・・いや、そんな挑戦的なこと、できませんが。


私は趣味で時々写真を撮る。(いいことかどうかは分からないが)デジタルカメラが生まれてから気軽に撮れるようになったし、沢山撮って10枚に1枚、というくらいに絞って残している。途中でデータを飛ばしたとか どのハードディスクに保存したか分からなくなった、という1万枚弱の写真もあるのだけれど(無くなってしまったものは仕方無い)今私のクラウドには約4万枚が残っている。

どうでもいいものから 大切な家族の時間、心動かされた景色や歴史的建造物など・・・・ プロからみたらくすっと笑われてしまうであろうそれらは、しかしその切り取った瞬間の景色を私の心が覚えている。


とにかく枚数だけは多い。
でも今回の企画の説明には、上手下手ではなくて「文章を読むように写真を読んでみましょう」と書かれている。

何を語りたかったか。それはどのくらい伝わるのか。

その視点を忘れないように、最近数年のものからぽつり、ぽつりと選んでいく。取捨選択のためにつくった新規のデスクトップのフォルダには、あっという間に50枚ほどが入った。(もちろん、この時点で既に心を鬼にして削っている)

一番古い物で3年前の春。もう削るのが辛くてこの辺で見返すのをやめた。


そのあとはもう既にその写真を撮った瞬間の自分の記憶がこびりついている。諦めて、より自分の気持ちが「強い」ものを選んだ。最後に10枚から8枚にするときは疲れて頭がぼうっとしていた。

3枚は「この景色を・人々を・映り込むものが持つエネルギーを伝えたい」と思って撮ったもの。4枚は何をが分からないままに撮りたくて仕方なくて撮ったもの。

ダブるのだが、5枚は時間がテーマ。

そして1枚は・・・写真の出来もありきたりだし構図もありふれているのだが、ただ私個人の心の中に言葉にできない、誰にも分からなくても良いから、と残した一枚。何故これを残したのかいまだにわからない。もっと良いのが、私の気持ちがスパっと伝わるものがあったというのに。


私の表現はどれくらい届くのかなぁ。

ちょっとどきどきしながら、数日ウチにあるその企画を楽しみに待っているのだ。

サポート戴けるのはすっごくうれしいです。自分の「書くこと」を磨く励みにします。また、私からも他の素敵な作品へのサポートとして還元させてまいります。