手の厚み
「どうも、中村です」というベタベタした笑顔の現れる声で中村さんは個室に入ってきた。
たまに行くマッサージ店では経験やスキルによって従業員のランク付けが行われており、指名なしの場合には若手のマッサージ師がつく。
そのマッサージ店のシステムは特徴的なのか何なのか、若手の方のマッサージの残り5分ほどで最高ランクに位置付けされるグランドマスターのお試し施術がある。
中村さんはグランドマスターだった。
「では失礼します」と言って彼が私の首に触れた瞬間、彼の歴史の厚みを感じることができた。
手の厚みというものがあると思う。
昔、ゲストハウスに住んでいたころのオーナーは某県の有名な不良だったらしい。背中には立派な刺青が入っているが、それを誇るでもなく、ただ自分との約束や信念のために彫っていたように思う。
彼が酔い潰れて冗談まじりに放ったパンチはまるで大木で押されるような圧迫感があった。
それは、好きではないけれども、手が物語る厚みであった。その厚みには友情や仲間との信頼や悔しさが込められていただろうな、と今ならわかる。
中村さんの手が私の首に触れた時に長らく思い出すこともなかったその彼のことを思い出した。
手が首に食い込んでくる。それは何が病理を探すような、その病理をもう既に把握しているような指圧だった。
その圧に怯みながらも敬意を払った。
マッサージはたまにでいい。人の歴史にどうしても触れなくてはならないから。