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響きあう読書

響きあう読書

8月28日日曜日 レコードの「ジャケ買い」に相当するものが本にもあるとすれば、それはおそらく「タイトル買い」ではないだろうか。最近、それが小説なのかエッセイなのかすらわからないまま、まさにタイトルだけで手に取ったのはこの二冊だった。

・山内マリコ『選んだ孤独はよい孤独』(河出文庫)
・堀江敏幸『曇天記』(都市出版)

前者についていえば、タイトルから受けた印象が変わってしまうのが怖くて中身を読みたくないとさえ思ってしまうほどタイトルだけですでに完結している。まあ、読むんだけど。

いっぽう、街を歩きつつ考えたことが綴られたエッセイ集である後者は、タイトルだけ見ると曇り空の日の出来事だけがコレクションされているかのような印象を受けかねないがもちろんそんなことはない。ここに言う「曇天」とは、著者がこの文章を書くにあたって自身に課したいわば「流儀」を表明したものである。

つまり、それは、その速効性ゆえ巷にあふれ返る紋切り型に対し「初動の遅い遅効性の言葉」を信じ、「雲の向こうの光を取り込んで、可聴帯域を越える旗のはためきの音」に耳を澄ます「曇天の思考」に拠って書かれているという注釈でもある。

それはともかく、なぜ僕がこの『曇天記』というタイトルにそこまで心惹かれるかというと、以前ここにも書いたように、僕は毎日欠かさずなにかしら夢を見るのだが、その夢に登場する空の様子が薄曇りのときもあればどんよりとした鉛色のときもあるにせよいつも「曇天」ときまっているからである。

そのせいか、この本に書かれたひとつひとつのエピソードも、著者の思惑など一切無視して、僕にはまるで夢のなかの出来事のように思われてくるのだ。まったく異なるべつの世界が響きあい、響きあっているうちに不意に同期してしまうような椿事もまた、ごく稀に起こる読書体験の醍醐味とは言えないだろうか。

真夜中の太陽

8月27日土曜日 ラピン・マリアというフィンランドの飲料メーカーのリンゴンベリージュースが手元にある。レトロな風合いのラベルがいかにも雑貨好きの女子の目にとまりそうなボトル入りである。

じつは、とあるイベントに参加した折おみやげとしてもらったものなのだが、棚の隅っこに飾ったまま気づけば一年ほどが経過していた。さすがに賞味期限も迫ってきたので、これを使ってノンアルコールのカクテルに仕立ててみることに。毎週ネタ探しに追われるフィン活Clubhouseだが、これでなんとか今週の報告には間に合いそうだ。

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