他人からレッテルを貼られる
291.「5600円」
他人にレッテルを貼るのはほめられたことじゃない。
職場の同僚とふたりでランチに出かけたときの話だ。ちなみに職場は渋谷のようだった。
同僚はちょっと目を引くような美人である。残念なことに、顔がはっきり思い出せないのは夢の中での話だからである。
その美人の同僚とふたり、ぼくらは手をつないで足早に近所のイタリアンに向かっていた。ランチタイムがそろそろ終わろうかというタイミングだったのだ。
手をつないでいるからといって、とりたてて彼女とは恋人というわけではなかった。自然と手をつないでもべつだん不思議ではない、ただそういう間柄だったに過ぎない。いや、どういう「間柄」なんだ。
だが、ぼくらはともかく世間はそう見てはくれないようだ。その証拠に、さっきから不審なやつが背後から自転車でつけてきていることにぼくは気づいていた。嫉妬しているのだろう。いつものことである。
振り向きざまにチェックすると、その不審者は宇宙服のようなもの着込んでママチャリで猛然と追いかけてくる。やけに体勢低く身構えているのは、あるいはなにか企んでいるのだろうか。
と、思った瞬間、ママチャリは不意にスピードを上げ接近したと思いきや、いきなりドンと背中に突き飛ばされるような衝撃を覚えた。
しまった! やられた!
ぼくは彼女に向かって「ちょっと背中をみてくれないか」、そう頼んだ。すると、彼女は「ほんとだ」とつぶやいて、ぼくの背中に貼られた小さな紙片を剥がして見せた。
5600円
値札のシールだった。中途半端だ。値札を貼られたのも腹立たしいが、それ以上に、そいつにとっての「5600円」が高いのか安いのかいまひとつわからないのが不快なことこの上ない。
むやみに他人にレッテルを貼るのはよくないぞ。布団の下で、寝ぼけ眼でそんなことをかんがえていた。
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