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【ソムリエ勉強用メモ】日本編~歴史~

※甲州の起源として2つの説がある。
〈大善寺説〉718年層の行基が現在の山梨県勝沼町に大善寺を開き、祈願21日目に現れた薬師如来(右手にブドウを持った)の霊夢に従い、ブドウの種を日川流域の原野に蒔き、栽培方法を教えた。
〈雨宮勘解由説〉1186年雨宮勘解由が、現在の山梨県勝沼町にあたる甲斐国、八代群祝村の「城の平」で山ブドウの変生種を発見、改良して甲州種を生む。
⇓ 以下はおまけ ⇓
上記の2説は伝説の域を出ないが、2013年に甲州のルーツが解明された。((独)酒類総合研究所の後藤奈美氏のDNA解析による。)
甲州にはヴィニフェラ種に中国の野生種(ダーヴィディ)のDNAが少し含まれていることが明らかとなった。「甲州はカスピ海付近で生まれたヴィニフェラが中国を渡り、おそらく何年、何千年もかけて野生種と交雑しながら日本に伝わってきた」とのこととなる。
なんだかとてもロマンに満ち溢れていますね(n*´ω`*n)甲州飲みたくなる🤤
では気を取り直して日本の歴史についてみていきます✍

1620年代:甲斐の徳本(医師)が甲州の棚作りによる栽培方法を考案。農民たちに指導し、栽培が一気に広がる

1627年:小倉藩主細川忠利の命により、その管轄下(現福岡県)でワインとみられる葡萄酒(ぶだうしゅ)造りを1631年までの4年間実施。ただし、これが現在のワイン造りにつながることはなかった

1874年:明治初期、山田宏教(ひろのり)、詫間憲久(のりひさ)が山梨県甲府にて本格的なワイン造りを開始。赤は山ブドウ、白は甲州
 ★覚え方:やまたくコンビのイイハナシ(1874)

1876年北海道で初めてワインが生産される(開拓使葡萄酒醸造所にて)

1877年:山梨県祝村(現勝沼)に、初の民間ワイナリーである大日本山梨葡萄酒株式会社(祝村葡萄酒株式会社=現メルシャン)が設立。同社の高野正誠(まさなり)と土屋助次郎(のちの龍憲)が栽培・醸造を学ぶために渡仏
 ★覚え方:荒野の土でイイバナナ(1877)

1885年:現在の広州市塩山地区奥野田にて、アメリカから持ち込まれたデラウェアの栽培開始

1893年川上善兵衛が新潟県上越市に「岩の原葡萄園」を設立。
日本ワインの父!! ★覚え方:川上善兵衛イイヤクザ(1893)

1926年:山梨県のワイナリーは319軒に達する

1927年川上善兵衛が、マスカットベーリーAブラッククイーンなど独自の交配品種を開発。★覚え方:一級になる(1927)交配品種

1939年:山梨県のワイナリー数が3,694軒に到達(史上最高軒数)

1940年代半ば:太平洋戦争末期。ソナー(水中聴音機)の資材用の酒石を得るためワイン生産を奨励。生産量増加

1960年代~70年代:村おこしや地域振興を目的とした第3セクター、JA、地方自治体ワイナリー設立が活発化

1970年代:農産物貿易自由化政策によりバルクワイン、濃縮果汁の輸入激増

1973年:「ワイン元年」と称される。1970年の大阪万博の影響などによりワイン消費量が前年比162%に上昇。
 ★覚え方:日本ワインはイッキュウナミ(1973)(一級並み)

1975年:ワインの消費量が甘味果実酒のそれを上回る

1980年代:ヴィニフェラ種の本格的な栽培が開始される

1989年:リュブリアーナ国際ワインコンクールで、メルシャンの「桔梗ヶ原メルロー」が金賞受賞(翌1990年も)

2010年甲州種が「国際ブドウ・ブドウ酒機構」(O.I.V)のリストに登録。欧州輸出時にラベル上で品種名表示が可能に

2013年:国税庁がワイン産地として初の「山梨」の地理的表示(GI)を指定

2013年マスカット・ベーリーAが「国際ブドウ・ブドウ酒機構」(O.I.V)のリストに登録

2015年:国税庁が「果実酒等の製法品質表示基準」を制定(適用開始は2018年)。「酒類の地理的表示に関する表示基準」についても、全面改正を実施

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